第13章 鬼と豆まき《弐》
「それじゃあ、あの。これはおかえししま…」
改めて、輝利哉に小瓶を手渡す。
(あ。)
目の前の上質な着物からふわりと感じたのは、先程嗅いだ甘い血の飴玉と同じ匂いだった。
「……」
「? どうされましたか」
(もしかして…あの飴玉って)
誰のものともわからなかった飴玉は、目の前の少年から作られていたのではないか。
切り傷程度のほんの微かな匂いだったが、それでも確信した。
(こんな小さな子の、血だったんだ)
使われたのは、時期当主である産屋敷輝利哉の血だ。
「…蛍さん?」
気付けば、はしりと輝利哉の手の上から小瓶を捕まえていた。
「あの、やっぱりそれ、もらってもいいですかっ」
「む?」
「はァ?」
「…何?」
「今更何言ってんのお前」
「だ、だって。このあめのためにながしたひとのちが、もったいないというか…」
「駄目だよ」
「えっ」
「蛍が自分で決めた道だろう? それを他人への情で曲げたら駄目だよ」
「で、でも」
「駄目だよ」
「…ハイ」
にこにこと変わらず柔らかい笑みを浮かべてはいるが、先程とは雲泥の差。
微塵も入り込む隙間を与えない耀哉の否定に、蛍は項垂れ諦めた。
仕方なしにと輝利哉から手を離し、小さな声でぽそりと零す。
『ごめんね。ありがとう』
「!」
声は輝利哉にしか聞こえない程、小さなものだった。
母親似の大きな猫目が、驚きで丸くなる。
「ちょっと。それ以上お館様の前でみっともない姿見せないでよね」
「輝利哉様の手をいつまで握ってんだお前」
「さっさと頭下げて箱ん中入れやァ!」
「うぶッ!?」
「お館様、輝利哉様、往生際の悪い様を見せて申し訳ありませんでした」
「ふふ。構わないよ」
傷だらけの大きな手に、ぶかぶかに余った着物の襟を掴まれたかと思いきや、木箱の中に勢い良く放り込まれる。
蛍の代わりにと頭を下げる実弥に、耀哉は特に気にした様子もなく笑っていた。