第5章 柱《弐》✔
「どうしよう、相手は女の子なのに…ッ」
いやいやいや。
その前に鬼でもあるから。
そこに疑問を持とう。
顔を押さえていやいやと頸を横に振る蜜璃ちゃんは、すっかり胸きゅん状態。
どうするべきかと考えあぐねた挙句、逆上せる前にとその手を引いて湯船から出ることにした。
「蜜璃ちゃん、一度湯船から出よう。まだその髪も洗えていないし、折角綺麗な」
「きゃっ綺麗だなんて!」
いやいやいやいや。
さっきも綺麗だって言ったから。
そんな驚く程嬉しがることでもないから。
その胸きゅん状態から、一旦抜け出して。
じゃないと本当に逆上せてしまう。
どうにか照れ喜ぶ蜜璃ちゃんの手を引いて洗い場に戻る。
折角だからと綺麗なその髪に触れさせてもらって、蜜璃ちゃんに誘われるままに髪の洗い合いをした。
…姉さんと洗いっこしていた時のこと、思い出すなぁ。
「私の髪を褒めてくれたけど、蛍ちゃんの髪もとっても綺麗よね」
「…そう、かな」
蜜璃ちゃんのような明るい色合いじゃない私の髪は、どちらかと言えば胡蝶しのぶに似ている。
でもあの柔らかそうな程良く癖の巻いた髪でもない。
極々普通の、日本人の髪質だ。
いつもは訓練時に縛っていた髪を、後ろから蜜璃ちゃんに優しく手で梳かれる。
それが心地良くて自然と目を瞑っていた。
「私の髪は…普通、だよ」
「ううん。泥だらけで、埃(ほこり)塗れで、たっくさん頑張ってきた髪。でも血の臭いはしない。ちゃんと大事にされてきた髪ね」
不思議な褒め方をされた。
確かにまともにお風呂なんてずっと入っていなかったから、泥だらけなのは仕方ないけど…でも、最低限綺麗にできる時はするようにしていた。
人をやめてしまったけど、女までやめたつもりはない。
それにこの髪は…姉さんが好きだと言ってくれた、人の時と変わらない私の体の一部だから。
「さぁ、綺麗になったわ!」
「ありがとう」
「前と見違えるようだから、冨岡さん吃驚するかもね。ふふっ」
「…恋なんて、してないからね」
温かいお湯で泡を流してもらって、すっきりした頭は凄く軽くなった。
そして蜜璃ちゃんの例の発言にもしっかり突っ込んでおいた。
その心を知りたいとは思ったけど、そこにそんな淡い想いはないから。