第5章 柱《弐》✔
本当に蜜璃ちゃんは、人生を楽しく生きているんだなぁ。
力にも恵まれて、美貌にも恵まれて、人柄にも恵まれて、尚且つ、好きに生きる人生にも恵まれて。
…そっか。
だから鬼である私にも、こんなに優しくなれたんだ。
憎まれるようなことをされなかったから、他人に対してもそんな思いが浮かばない。
ちりり、と胸の奥が焼け付くような気がした。
「…蜜璃ちゃんなら、すぐに素敵な伴侶が見つかると思うよ」
「そ、そうかしらっ?」
「うん。性格も優しくて、容姿だって可愛いし」
「やだそんなに褒められたら、きゅんとしちゃうっ」
ぱしゃぱしゃと水面を立てて照れる蜜璃ちゃんは本当に可愛い女の子だった。
強さを除けば、男なんて選り取り見取りだと思う。
それはお世辞でもなんでもない、私の素直な感情だ。
「でもね、私自身のことをね、前は恥ずかしいものだと思ってたの」
「…そうなの?」
意外な言葉に思わず目を丸くする。
「前に、とある男性に言われちゃったの。私と結婚できるのは、熊か猪か牛くらいでしょうって。頭の色も可笑しいって」
熊か猪か…なんて?
何その暴言。
ちりりと焼け付いていた、胸の奥の軋みが止まる。
「それで、お見合いが破談になっちゃって。その時のことが凄く恥ずかしくてね。頭の色も、人より沢山食べることも、この力も、全部隠さなきゃって思ったの」
「…その力は、鍛えて培ったものじゃなかったの?」
「私、元々生まれた時から人の八倍力があったのよ。だから周りからは、捌倍娘(はちばいむすめ)なんて呼ばれてたの」
ふふ、といつものように笑う蜜璃ちゃんの、知らなかった一面。
その沢山食べる胃袋もきっと、有り余る力を補う為なんだろう。
何気なく凄いなぁと見ていたものだったけど、彼女にも彼女の事情があったんだ。
「だから髪の毛を染め粉で黒くして、食べる量を抑えて、弱いフリをするようにしたの。そしたら私と結婚したいって言ってくれた殿方は現れたんだけど…このままでいいのかなって、直前になって思っちゃって」
浴槽の縁に背を預けた蜜璃ちゃんの目が、ふと横へ流れる。
何処を見ているのか、何処をも見ていないようなそんな表情で、思い出を語るようにして話してくれた。