第13章 鬼と豆まき《弐》
──ちりん、
もう聞き慣れた音が、物淋しげに季節を語る。
普段なら夏の風物詩としか感じない奏でに、実弥は眉間に皺を寄せた。
煤汚れた風鈴の中で泳ぐ小さな金魚が、目の前の女と重なる所為か。
「唄を、忘れた…かなりやは、後(うしろ)の山に…棄てましょか」
肘掛け窓に凭れたまま囁くような声で歌う女の歌詞に、ぴくりと竹刀を握る指先が反応を見せた。
客がいない間は、部屋で女がすることと言えば色を紡ぐか、物書きをするか、唄を歌うか。
女がよく歌うその歌詞は、実弥も朧気に聴いたことがある。
母親が歌っていたのか、はたまた別の何処かで聴いたのか。
定かではなかったが耳に残っていた。
「唄を、忘れたかなりやは…背戸の小藪に、埋(い)けましょか」
首筋に残る、締め付けられた痣の跡。
そこから絞るように溢れる歌声には、今にも消えてしまいそうな儚さがある。
「いえいえ、それは…なりませぬ」
「──柚霧」
その歌声を止めたのは、突如部屋に舞い込んだ別の声だった。
「あんた、歌ってる暇なんてあるなら使いを頼まれてくれないかい」
小さな入口の襖から顔を覗かせたのは、柚霧と呼ばれた女と同じに派手な着物に身を包んだ女。
「通和散(つうわさん)が足りてないみたいなんだ。他の子達が困ってる」
「……」
「他に人手はないんだよ。いいだろ?」
「わかりました。私が抜けている間のことは、」
「ああ、あたいが回しておく」
「助かります」
はだけていた着物の襟を正し、戸棚から暗い色の羽織を取り出す。
しなだれるような緩い髪をきちりとまとめ直せば、実弥の知った鬼の顔が見えてくる。
彩千代蛍だ。
じっと辺りを観察していてわかったこと。
蛍は柚霧という源氏名で遊女のような仕事をしているが、此処は遊郭ではないこと。
故に彼女達の身の回りの世話をする、禿(かむろ)のような幼女達は周りにはいない。
自分のことは自分でこなし、接客だけでなく料理や清掃まで行う。
歴史に名も残らぬ、小さな身売り屋だ。