第13章 鬼と豆まき《弐》
小さな襖を、頭を下げて通り抜ける。
支度のできた柚霧に狭い廊下内で金銭を渡しながら、女は頸の痛々しい痣に目を止めた。
「どんな客でも文句を言わないところがあんたの強味かもしれないけど…そんな商売をやってちゃ長くは続かないよ」
「…長く続ける気はありませんから」
「へえ、此処から足を洗う気でいるのかい? 此処に来た子は皆、膨大な借金を抱えてる。返し切れると思ってるのかい」
「いずれは」
「そんなことができるのは余程の金持ちの客を複数抱えるしかないよ。…ああ、あんたの客は羽振りはよかったっけ」
「……」
「さぞ搾り取ってるんだろうねぇ」
「…松風(まつかぜ)さん。早く買い物を終えないと、皆が困るのでは?」
受け取った金銭を小さな巾着袋に仕舞い、裾に直し込む。
目線は合わせず静かに告げる柚霧に、松風と呼ばれた女は細い眉を曲げ上げた。
「そうさね。どんな客だって寄生虫のように金を啜るあんたには愚問だったね」
「…すぐに戻ります」
「ああ、それと」
頭を下げて去る柚霧に、満足する反応を貰えなかった為か。松風は赤い紅を塗りたくった唇を歪めて笑った。
「さっきの唄、歌詞が間違ってたよ。"かなりや"じゃなくて"金糸雀(かなりあ)"さ。教養くらい身に付けないと、客にすぐ逃げられっちまうよ?」
今まで特に反応を示さなかった柚霧の足が、ぴたりと止まる。
黒い頭巾を被りながら振り返った暗い目は、じっと感情もなく松風を見つめ。
やがてふと口元に微かな弧を描いた。
「あれが、私の知っている子守唄なので」
優しく微笑む顔には、嫌味も嫌悪も入り混じってはいない。
つい足を止めて見ていたくなるような、憂いの中にも見える意志。
もう一度頭を下げて柚霧が去るまで、松風はただ見送ることしかできなかった。
は、と我に返った時には後の祭り。
「なんだい、あんな唄を子守唄にするなんて…気味の悪い子だよ」
憎たらしげに呟くその声を拾っていたのは、実弥ただ一人のみ。