第35章 消えがてに ふるぞ悲しき かきくらし
次々と槍のような太く鋭利な水が襲う。
「だからこそ尊い。だからこそ愛おしい」
それらを避ければ避ける程、水場を駆け回る蛍の足を細い針水が貫いた。
「貴女もそう思っているから、鬼狩り側になんてついているのかな」
痛みに反応は示さない。
ただ表情を変えないまま、その目は少年だけを捉えていた。
知っている。
聞いたことがある。
などと、断片的な情報などではない。
それは、知っている。
己の心の奥底に在るものだ。
「だったらぼくの気持ちもわかるはずだよ」
出会う悪鬼全員が嬉々として告げていた、無尽蔵の体力も、癒えぬことなどない身体も、果てなど見えない寿命も。なに一つ惹かれてはいなかった。
ただ純粋に、限りある命を全うする人々を愛おしく思い、尊いものだと告げていた。
老いるからこそ。死ぬからこそ。
それらは全て、人間という生き物の儚い美しさなのだと。
「鬼だって何かを喰べないと生きていけない」
ぽっかりと空洞のように空いてしまった心の穴の中に、それでも在り続けている。
「自然の摂理の中で、喰らうものが人間なだけ」
強さというものは、肉体のみに使う言葉ではない。
だからこそ悪鬼の誇示する強さなどには目も暮れず、ただただ愛おしい人々を守り続けた。
あたたかい日差しのような焔色の髪に、月のような闇でも導となる瞳を持つ。
あの男性(ひと)は。
「それらに最大限の敬意を持って、ぼくは頂いているつもりだけれど」
それでも鬼である自分のすべてを、受け入れてくれた。
「……ぅ…」
「っえ?」
打ち込まれる槍水の咆音と、飛沫を上げる水音に掻き消される程の小さな声。
それでも誰より傍にいたすみは、その音を拾っていた。
「違う」
少年を両の目で捉えたまま、吐き出した蛍の声を。
「蛍…さん?」
その言葉を。その思いを。
人々に向けていいのは、少年の姿を借りた鬼ではない。
(お前は──違う)
炎柱の名を持つ、彼だけだ。
ドッ!と蛍の足場から盛り上がった影が、弾けるように波飛沫を上げた。