第13章 鬼と豆まき《弐》
不快と苛立ちをただただ覚えた。
自分は嫌われているのだと思った。
共有する空気は苦しくて息が詰まった。
世界に二人しかいないのに、全てを否定された気がして。
『俺は事実しか言っていない。無一郎の無は、無能の無』
「ッ…煩い…!」
心が抉られるような痛みに、片手で頭を抱えたまま竹刀を振るう。
目の前の銀杏の雨が、霞の刃で斬り裂かれる。
それでも次から次に降ってくる金色の雨は止む気配がない。
はらりはらりと視界を覆い尽くして。
『こんな会話、意味が無い」
突き放すような言葉だけを吐く口元を、映し出した。
「無一郎の無は、無意味の無」
声がはっきりと耳に通った。
はっと両目を見開いた無一郎の目に、銀杏の雨の中に立つ小柄な人物が映る。
長く癖のある黒髪は、さらりと流れる。
大きな瞳に、目鼻立ちの整った輪郭。
背を向けたまま振り返った少年は、感情の見えない顔でじっと無一郎を見つめていた。
見覚えがあった。
見覚えがないはずがなかった。
何故なら。
「…俺…?」
其処に立っていたのは、無一郎と全く同じ顔をした少年だったからだ。
唖然と立ち尽くす無一郎に、冷たい目を向けたまま。
少年はゆっくりと口を開いた。
「所詮鬼は鬼。根本は何も変わらない──ただの人殺しだ」
聞き覚えのあるその言葉は、以前無一郎が蛍へと向けた感情の一部。
ゴポリと、大きな気泡が口から漏れる。
不思議と息はできた。
なのに息苦しくて堪らなかった。
冷たい眼差しも、心を抉る言葉も、息苦しさを感じる空気も、泣きたくなるような苛立ちも。
全て知っていた。
(ああ…だから、苛々したんだ)
何故あの鬼を前にすると、苛立ちばかり募るのか。
滅すべき鬼を生かしていることへの苛立ちではなかった。
知っていたのだ。
自分が蛍へと向けていた目も口も空気も全て。
自分自身が、向けられたことのあるものだったから。
(あれは…俺だったんだ)
はらりはらりと大量に降り積もる銀杏に、少年の姿が埋もれ消えていく。
その光景に何故か強烈な痛みを覚えて、無一郎は瞳の縁に微かな涙を湛えた。
(──僕じゃ、ない)