第13章 鬼と豆まき《弐》
(あの時からだ)
思い出せもしなかった両親のことを、記憶していた。
霞がかっている大事な欠片を、脳裏の片隅に見つけた。
あの鬼と言葉を交してから。
(そうだ、俺は──…あの鬼の影に、飲み込まれた)
突如として記憶が蘇る。
抗う暇もなく取り込んだ黒い波は、無一郎の体を攫(さら)うように奥底へと押し流した。
(此処は影の中? だとしたらあの鬼の中ということなのか…それともあの鬼も、一緒に?)
ゴポリと、口から気泡が浮き出る。
まるで水中のような重力を感じさせない闇の中で、無一郎は辺りを注意深く探った。
(あの鬼、顔を日光に焼かれていた。だけど死んでいない?)
死んでいるならば、今こうして血鬼術の中に取り込まれているはずがない。
あの鬼──彩千代蛍は生きている。
日光により鬼の本性を現したとでも言うのか。
(道を探せ。必ず何処かにあるはずだ。何か道標となるものを──)
精神を統一させる。
全集中の呼吸で無一郎が視線を張り巡らせた、一角。
はらりと、それは何処からともなく落ちてきた。
(……銀杏?)
淡い黄金色の銀杏の葉。
はらりはらりと、暗闇に微弱な光を灯すように落ちてくる。
『情けは人の為ならず』
ズキッ
「ッぅ…?」
脳裏の奥底で掠める誰かの声。
『誰かの為に何かしても、ろくなことにならない』
冷たく突き放すような声は、無一郎の脳裏を掠める度に痛みを生んだ。
『人の為に何かしようとして、死んだ人間の言うことなんてあてにならない』
「…がう」
『馬鹿の極みだね』
「違、う」
ズキズキと脳裏を掠める痛みが、重さを増していく。
まともに全集中も続けられない程の痛みに、無一郎は頭を抱えそれでも頸を横に振った。
「そんな言い方、するな…っ」
いつも向けられる言葉は心を抉るようなものだった。
いつも向けられる目は突き放すようなものだった。
その度に涙ながらに訴えた。
違う。酷い。あんまりだと。