第13章 鬼と豆まき《弐》
──ゴポリ…
それは水中で空気を零すかのような音だった。
ごぽり、こぽりと、耳元で渦巻く。
音に促されるままに、無一郎はゆっくりと両目を開いた。
(此処、は…?)
ぼんやりと霞むような頭に、思考が追い付かない。
目の前は真っ暗な闇。
景色らしい景色は一つもない。
(…俺は…何が、どうして…どうなって、いたんだっけ…)
どうして自分は此処にいるのか。
此処は何処なのか。
考えようとする前に思考が霞む。
思い出そうとすれば、ずきりと頭が痛んだ。
(っそうだ…この痛み。憶えが、ある)
上も下もわからない闇の中で、頭を抱える。
血反吐をも吐き出しそうな頭痛に苛まれていれば、優しい手がずっと背中を擦ってくれていた。
『辛いだろう…それだけの重症を負ったんだ。痛みはまだ暫く続く。耐え抜くんだ』
生温い励ましなどではなく、現実を伝えながらも優しく包み込んでくれた。
温かく慈悲ある声は、お館様と慕った唯一の人のものだ。
(そうだ…酷い怪我を負ってしまって、だから鬼殺隊の本部に運ばれて…それで……それで?)
頭を抱えたまま、ふと無一郎の中で疑問が浮かぶ。
思い起こしたのは、包帯だらけの無一郎を看病してくれていた耀哉とあまねの二人。
(あれ…俺、なんで思い出せたんだ…?)
既にそれは無一郎の記憶にあったが、いつからそこにあったのか。
思い出せた今は、ぽっかりと抜け落ちていたように感じる。
過去、柱となってからお館様を一心に慕っていたが、その理由は漠然としたものでこうもはっきり恩は感じていなかった。
何故自分は鬼殺隊に身を置き、柱となり、鬼を滅しているのか。
そんな誰しもが持っている理由を、今まで考えたことなどなかった。
杣人(そまびと)であった父のことも。
病弱であった母のことも。
(思い出したことは、一度もなかったのに)
柱となって常に考えていたのは、憎き鬼を滅することだけ。
それ以外は全て虚無でしかなかった。
なのに何故、今はこうしてなかったはずの記憶がある。
『教えてって言ったら、話してくれる?』
(…あ)
それは黒い鬼面を付けた女の言葉だった。
今まで考えたこともなかったものを、問い掛けてきた。