第13章 鬼と豆まき《弐》
「しかし…此処で生きる覚悟を持って、選んだ、私自身の…道でも、ございます…その私を、否定しないで…欲しいのです…」
「ああ…ああ、そうだな。此処にいたから、お前と出逢えたというのに…俺が浅はかだった」
「いつか…此処を出ていく、覚悟が…できるまで…」
「勿論だ。いつまででも待つ。いつかお前が俺のものになるまでいつまでも…!」
力強く頷く男に安堵のものか、力尽きたのか。蛍の体から力が抜ける。
「ありがとう…ございます」
重力に従うように、されるまま仰向けに倒れる体が赤い布団へと沈み込む。
頭で揺れていた扇形のビラ簪が、しゃりんと音を立てて抜け落ちた。
柔らかな髪が、はらりと赤い布団に散らばる。
「柚霧が俺を忘れないよう、今夜はその体に深く刻み付けていこう」
覆い被さる男の体。
大人しく組み敷かれる蛍に抗う気配はない。
ちりん、と煤けた風鈴が鳴る。
風流な音だけが響いていた小さな部屋に、男の荒い息遣いと布の擦れる音が響く。
するすると帯を緩まされ、白い肌が男の前に曝される。
体中を弄る大きな手が無遠慮に、着物に隠されていた蛍の内部へと押し入り侵す。
求めるように何度も柚霧、と呼ぶ男の唇が、舌が、夜に慣れてしまった白い肌を濡らした。
男の愛撫に、はくりと呼吸を乱しながらも蛍は真っ赤な夕焼けを見つめ続けた。
「 」
声には出さず。
胸元に顔を埋める男も意に介さず。
虚ろな目をした女が小さな唇の動きだけで紡いだ言葉を、実弥は見逃さなかった。
風を切る。
ひゅんと高い音を立てて断裂したのは、男の体が在るべき場所。
その場から一歩も動くことなく振るった竹刀が、男の体を真横に断つ。
しかし断ったのは空気のみで、目の前にある鮮明な景色は消えやしない。
わかりきっていたことだ。
恐らくこの景色全てが幻影。
己が干渉できることはない。
それでも虚ろな女の顔にも気付かず浅ましくその体を貪り続ける男を、見下ろす実弥の目は冷たく。
苛立ち混じりに舌を打った。
「…胸糞悪ィ」