第13章 鬼と豆まき《弐》
ちりん、と奏で落ちる音。
肘掛け窓の上には、煤けた風鈴が一つ。
小さな金魚が一匹、そよぐ風に揺れている。
赤い金魚と同じく、目に映える朱色の生地に花車が描かれた金刺繍の着物を着た女は、緩やかにまとめた髪を煌びやかな一本の簪で飾っていた。
数本垂れた後れ毛が、大きく覗く白いうなじに溢れ落ちる。
身に付けているものはどれも一点で目を惹く華やかなもの。
しかしはだけた首元や腿に無造作にまとめられた髪型は、どこか哀愁漂う。
夕焼けに染まる女の姿が、そのまま空へと吸い込まれそうな色合いに、実弥は一瞬声をかけるのを躊躇った。
「…あお」
その間をひとつ抜いて、先に口を開いたのは女の方だった。
窓際に凭れたまま、外の何かを見つめている。
「黄…緑。茶」
一つ一つ、何かを見つけては色を紡ぐ。
二階建てであろう窓から下を覗いていた顔が、不意に上がった。
「赤」
見上げる先には、真っ赤に燃える夕焼け。
赤い赤い、血のような。
風鈴の音しか奏でない静かな部屋をも燃やすような、真っ赤な空。
そこへ女が手を伸ばすから、本当に空へと溶け込む気がした。
「ッおい」
今度は声が出た。
身投げでもしてしまいそうな姿に、焦りが出たのか。
声は届いたのだろう、女は伸ばしていた手を止めて、ゆっくりと振り返った。
白い肌。暗い瞳。
血のように赤い紅を差した唇が、薄らと弧を描く。
「…お久しぶりです、ね」
久しいと呼びかける女のことを実弥は知らなかった。
否、知らない姿をした知った女の顔だった。
鋭い牙や縦に割れた赤い眼はしていない。
極々普通の人間の面影を残した、その女は。
「お前…なんだァその姿」
彩千代蛍という名の鬼だ。