第13章 鬼と豆まき《弐》
暗闇に近い影の中、黒々と塗り潰されたそれは鮮明には見て取れない。
しかし亀裂から流れ出てくるものは、誰かの口元であったり、手足であったり、はたまた部屋の一室であったり、空や土や木々であったり。
場面場面を切り取ったかのような映像が、目まぐるしく流れ出ては実弥の周りを不規則に回る。
(ッ煩ェ)
不協和音は、その一つ一つの映像から溢れ出ていた。
一つ一つはか細い声や音であっても、全てが一斉に溢れ出れば歪な騒音にもなる。
ただの騒音ならまだいい。
しかしそれを耳に入れると、何故か胸が軋む。
関節的に突き刺してくる痛みのようだ。
自分の知らない感情が入り込んでくるようで、堪らず実弥は両耳を押さえた。
何か逃げ道はないかと見開いた目が辺りを探る。
「!」
目まぐるしく回る景色の中に、一つ。眩い光を見つけた。
目に痛い程の強い光は、この闇の中では一筋の光のようだ。
何処から漏れている光なのか、理由は検討もつかない。
ただ不協和音と数多の感情から逃れることを第一に、実弥は光に向かって泳ぎ進めた。
(後少し…!)
近付けば、強い光にまともに目を開けていられない。
それでも尚、どうにか伸ばした手が、指先が、光へと触れる。
「──ッ!?」
瞬間、急に体の浮遊感がなくなった。
無重力の世界が一気に引き戻されたように、体は下へと落下する。
咄嗟に受け身の体制を取って、腰を低く両足で実弥はその場に着地した。
片手を付いた場所は、海底でも地面でもなかった。
「…は?」
其処にあったのは、日に焼けて色褪せた畳。
あんなにも煩かった騒音は消えていた。
体は濡れていない。
声は出る。
黒い海も、目まぐるしく回る景色もない。
ちりん、と鈴を転がすような音。
つられて顔を上げた実弥の目に、映し出されたもの。
それは小さな部屋だった。
四畳一間。
褪せた畳色には似合わない、真っ赤な布団が敷いてある。
小さな肘掛け窓に、凭れるように肘を付いて外を見ている女がいた。
窓の外には、真っ赤な夕焼け。
茜色の空に沈みゆく眩い太陽が、実弥の手を伸ばしたあの光だったと気付く。
その夕焼けをぼんやりと見ている女は、部屋に背を向けたまま。
知らぬ間に、知らぬ女の部屋にいた。