第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「く…ッ!」
縦横無尽に襲う風の刃は、無一郎の肌を切り裂く。
「時透くん!」
「出て来るな! 回避もできない癖に、前に出たって邪魔なだけだ!」
「でも──!」
厳しい無一郎の言葉は的を得ている。
踏み出せないでいる蛍の足が、葛藤の末にぴたりと止まった。
無一郎の意志を呑み込んだからではない。
「…っ」
荒ぶる風の中、ふわりと蛍の鼻孔に届けたのは真新しい血の匂い。
ぴちゃりと飛んできたその一滴が鬼面に付着する。
(これ…時透、くんの)
息を呑む。
呼吸が止まる。
霞む視界が匂いの元を探すかのように、鮮明に変わる。
ぐらりと、頭が揺れた。
「うッ」
「? 何──」
「隙だらけだなァ」
「!」
頭を抱えた蛍に、無一郎が気を取られた一瞬。
その隙を実弥は見逃さなかった。
茜色の空を飛ぶ影が一つ。
高い空中から狙った実弥の風が、蛍を頭上から襲った。
ゴウッ!
唸り声を上げる獣のように、牙を向いた風の刃が蛍へと降りかかる。
頭を抱えたままの蛍は逃げ出すこともできずに、真上から刃を受けた。
パキ ン
まるで硝子細工が砕けるような音だった。
刃が掠った蛍の鬼面。
先の戦闘で幾つもの罅を作っていた鬼面は、その微かな一撃も致命傷だった。
微かな音を上げたかと思えば、呆気なくも鬼面は崩壊したのだ。
「──あ」
粉々に砕け散った鬼面に、あらわになる蛍の顔。
いきなり開けた視界に唖然とした顔が上がる。
茜色。
目にしたのは真っ赤な空に沈みゆく太陽。
白く、燃ゆる、もう二度とは見られないはずだった光。
(赤、い)
久々に見た夕日は、昔見た夕日と全く違っていた。
そんな在り来りな思いしか出てこなかった、瞬く間。
ボッと目の前が焼ける炎に包まれた。
「ッぁあァあアアああ"あ"ッッ!!!!」
一瞬にして蛍の視界を包んだのは真っ赤に燃える炎。
幻覚ではない、現実のそれは太陽のみが鬼に与えることができる罰。
夕日に晒した顔に光を受けて蛍が絶叫する。
瞬間、足元の影が一斉にどぱりと波を起こして噴き出した。