第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「ッ…!」
「ちょっと! 避けるなら真面目に避けてよね…!」
掠める実弥の竹刀が、蛍の着物の袖を裂く。
杏寿郎戦に比べれば明らかに落ちた蛍の機敏さに、堪らず無一郎も喝を飛ばした。
「ハァ…ッ(そんなこと、言ったって…っ)」
蛍自身もよくわかっていた。
それでも体はついていかない。
天元の言う通り鬼の体力は休めば戻る。
元々の体力値も並の人間とは遥かに違うのだ。
それでも蛍の体に疲労を溜めていたのはただ一つ。
乾いて乾いて仕方がない、飢餓の症状だった。
(杏寿郎との一戦で、消耗し過ぎた…頭がくらくらする)
抑え込んでいた理性を外して、一か八かで杏寿郎に挑んだのだ。
結果勝利を掴むことができたが、その後のことは考えていなかった。
一度外れてしまったリミッターは元には戻らないのか。霞む視界はより酷く、張り付く喉はより乾く。
ここで誰かの血を一滴でも嗅いでしまったら、理性を保てる自信がない。
「なんだその覇気のねェ動きは! 舐めてんのかァ!?」
「っもう、ボロボロなんだって…ッ」
「口が動かせるなら掛かって来い!」
(口と体は別物だから!)
言ったところで、そうかと呑み込んでくれる相手ではない。
力の入らない歯を食い縛り、蛍は目の前の殺気立つ男を睨み付けた。
「出せねェってんなら無理矢理引き出してやる」
シィ、と短く呼吸を切る。
竹刀を鞘に戻すような動作で、腰に添える実弥が低く構えた。
(ッくる!)
ぞわりと悪寒が走る。
その竹刀を振れば、実弥の持つ風が牙を向けるだろう。
頭では理解しているが、体が追い付かない。
咄嗟に防御の型として両腕を交差させ顔の前に持ってくる蛍に、無一郎は舌を打った。
「全く、手間掛けさせて…!」
蛍が回避できないと踏んで、竹刀を手に蛍の前に躍り出た。
無一郎のその行動に実弥は見開いた目を更に丸くしたが、それも一瞬。すぐに口角をつり上げる。
「やってみろ、受け止められるならなァ!」
実弥が竹刀を抜刀すれば、ゴウッ!と巨大な風が吹く。
無一郎の霞の呼吸を弾き飛ばすように、風の刃が牙を剥いた。