第12章 鬼と豆まき《壱》✔
足首程の低い位置からの跳躍。
急所である頸目掛けて振り下ろされる爪を避ければ、間を置かずに空中で体を捻り蹴りを入れてくる。
交差した手で蹴りを受け止めれば、踏ん張りが利かず体が後方へと押し出される。
しかし捕まえてしまえばこちらのもの。
袴の腰紐を掴み引き寄せ、鬼面の付けてある顔は狙わず腹部へと打ち込む。
杏寿郎の大きな拳が入る直前、するりと蛍の体が急速に縮んだ。
「ぐ…ッ!」
拳は確かに入った。
それでも急速な体の変化に、拳は狙った箇所を逸れて脇へと入る。
(体を変異させて致命傷を避けるとは…!)
杏寿郎が目を見張る中、瞬きにも満たない速度で元へと戻った蛍が、今度は杏寿郎の隊服の胸倉を掴んだ。
ガツン!とぶつかり合ったのは額と額。
「ぅ…ッ」
まさか鬼面越しに頭突きを喰らわされるとは、杏寿郎も予想だにしていなかった。
くらりと一瞬、視界が揺れる。
揺れる世界で、左から迫る手刀が見えた。
このままでは急所を突かれて敗北。
獣化した蛍には躊躇がない。
カウンターを喰らわせても攻撃は止めないだろう。
潰される前に潰さなければ。
即座にそう判断した杏寿郎は、手刀への防御を捨てた。
胸倉を掴んでいる蛍の手首を叩き落とせば、両足を地に着けていない彼女の体感は崩れるはず。
(その隙を突く!)
シィ、と短く呼吸を切る。
ミシリと血管を浮かび上がらせた硬い拳を、骨を砕くつもりで細い手首に打ち込んだ。
しかし予想していた衝撃はこなかった。
「!?」
左から頸に入ると思っていた手刀もない。
あっさりと自ら手を離した蛍は、杏寿郎の傍を離れ地へと伏せた。
地面擦れ擦れで強烈な足払いを掛けられ、不意を突かれた杏寿郎の視界がぐるりと回る。
(これは──)
フラッシュバックのように脳裏に浮かんだのは、とある日の蛍との稽古風景。
『君は確かに人より遥かに強い力を持っているが、体格差では並の男に負ける。故にその体を活かせる技を身に付けるといい』
『私の体で活かせる技?』
『うむ! 例えば──』
相手の体制を切り崩す戦法を、あの時確かに教え込んだ。
今の、蛍のように。