第12章 鬼と豆まき《壱》✔
飢餓症状が出ていることを周りに悟られないようにと、そのことばかりに神経を尖らせていたのは事実。
血を流さない戦闘だから気丈に振舞えているが、これが血で血を洗う本物の戦場ならば今頃は理性を保つこともできなかったかもしれない。
だから自然と保身に走ってしまっていたことを、無一郎に見破られたのか。
(これくらいの飢餓なら今日一日くらい耐え切れる。今は余計なことは考えるな。杏寿郎だけを見ろ)
深呼吸を繰り返す。
喉が渇き切ったように張り付く。
霞む視界に余計なものを入れないようにと、杏寿郎だけを睨んだ。
敵は、目の前だ。
「…む?」
ふらつきながらも隙を隠し構えていた蛍の、重心が下がる。
両手を地面に付くと、見上げるように杏寿郎を睨んだ。
多少距離感がある為、鬼面の奥底などは見えやしない。
それでも暗い鬼面の目の奥に、血のように赤い光を見た気がした。
そわりと騒いだのは空気か気配か。
杏寿郎がその正体を悟る前に、蛍の足は地を蹴っていた。
(! 速度が増した…!?)
背の骨を反らし靭やかに伸びる筋肉。
鋭い爪で切り掛かってくる一打を避ければ、右手のみで着地した蛍が手首を軸に反転する。
凡そ人間の動きではないそれにコンマ一秒、杏寿郎よりも早く攻撃を仕掛けた。
ガツ、と鈍い音を立てて蛍の蹴りが杏寿郎の鳩尾に入る。
一対一で拳を交えてから、初めて入った蛍の一打に無一郎も目を見張った。
「むぅ…!」
ミシミシと骨が軋む感覚。
その細い手足からは考えられない程に、鬼である蛍の一打は重い。
足の指先で踏ん張りどうにか転倒を回避した杏寿郎は、自身の教えたことのない蛍の動きに今一度観察した。
重心は低く時に四つん這いになり、人間には不可能な距離を飛躍する姿は、鬼というよりも獣のようだ。
(甘露寺や宇髄の動きとも全く違う。蛍独自の戦法か…!?)
今まで何度も組手の稽古は付けてきたが、今の一度も見たことのない戦法だった。
無一郎に余計なことを考えるなと告げられた蛍の、本能のようなものなのか。
(そういえば──)
ふと似たような姿を一度だけ目にしたことを思い出す。