第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「…?」
見覚えがあるようで見覚えのない世界。
苛立ちが増す。
その苛立ちは本当に蛍に向けたものだったのか。
鈍い頭は本当に鬼か、はたまた自分か。
片手を額に当てたまま無一郎は眉間に皺を寄せた。
「っ…頭で考えるな!!」
気付けば叫んでいた。
驚き振り返った蛍と、鬼面越しなのに目が合ったのがわかる。
困惑気味に見てくる姿はなんと弱々しいものか。
そんな自分達にできることは犬死と無駄死にだけだと罵られた。
(っそんなことは、ない)
無駄な死などない。
もしそうであれば、あの日のあの死は一体なんの為に。
「馬鹿でもわかる。圧倒的に経験値の差がある君が、頭を使ったところで煉獄さんに追いつく訳もないでしょ」
「でも…考えないと動きが単調になって」
「その思考が余計なんだよ」
苛立つ。
まるで自分自身を見ているような、そんな気がして。
(そうだ……ぼくらは、弱き者)
血筋など関係ない。
その才の使い方を知らなければ、無力にも等しい存在。
弱き我らは立ち止まることなど許されないのだ。
一瞬でも足を止めれば、すぐに死は追い付き鋭い牙を剥く。
「考える前に体を動かせ。後悔は全てやり終えた後にしろ」
もし、あの時ほんの少しでも。
その覚悟を早く持ち得ていたなら。
「振り返るな…! 敵を見ろ!!」
そうであれば、彼も。
死ななかったかもしれないのに。
「っ…」
肌に突き刺さる程の気迫。
初めて聞いた無一郎の咆哮に、蛍は息を呑んだ。
無一郎のそれを助言と見做したのか、その間一切攻撃を仕掛けて来ない杏寿郎には、結局のところ未熟な者と思われているのだろう。
(そうだよ、馬鹿。調整なんてできる立場じゃないのに)
自分に自分で叱咤しながら、蛍は鬼面の下で荒く息つく呼吸を整えた。
視界は良好とは言えない。
鬼面による視界の狭さだけでなく、光景自体が偶に霞むのだ。
理由はわかっていた。
整えても乱れる呼吸や感覚が麻痺してくる手足は、人の血を求めているサイン。
明らかな飢餓だ。