第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「本気で来い、蛍! 炎柱の名に置いて、この煉獄杏寿郎も本気で相手致そう!!」
「勿論。本気で行かなきゃ勝てないからね…!」
ぱしりと拳を掌に打ち構える杏寿郎に、再び真正面から突撃する蛍。
二人の攻防戦を冷静に見守りながら、先程拳を交えた天元の言葉を無一郎は思い出していた。
(確かにあの鬼の方が、俺より体術は上かもしれない)
無駄のない身のこなしに女性特有の靭やかな体。
天元もまた体術の達人であったが、蛍は独特の体術を駆使していた。
加えて鬼の怪力も備わっているのだから、相手が杏寿郎でなければ勝敗は見えていたかもしれない。
しかし相手も剣術と共に体幹も惜しみなく鍛えてきた柱。
蛍の重い一打を右へ左へと相殺しながら受け流し、小出しながらもカウンターを確実に喰らわせていく。
「…ぅ…」
「どうした、足が覚束無いぞ!」
先に姿勢を崩したのは蛍だった。
確実に傷を増やしダメージを蓄積していく蛍に対し、杏寿郎の姿勢は微塵も揺れていない。
(煉獄さんの型には法則があるけど、動きに一切の無駄がないからついていけないんだ。それに場数も全然違う。多少鍛え上げたくらいじゃ勝てる訳がない)
始まりの呼吸の子孫である無一郎だからこそ身に沁みてわかること。
例え血筋故の才能があったとしても、それだけで長年蓄積した日々の弛まぬ鍛錬や経験は簡単には越えられない。
そこには並々成らぬ彼らの思いや覚悟もまた蓄積しているからだ。
それは蛍も感じていることなのだろうか。
最初こそ勢いのあった姿勢が鈍りつつある。
それでも様子を見つつ隙を突こうとする姿に、無一郎は苛立ちを覚えた。
(とろい。鈍い。考えるから遅くなるんだ。どうせない頭を使ったところで役に立ちもしないのに)
『馬鹿も休み休み言えよ! どういう頭してるんだ!!』
びくりと、無一郎の体が強張った。
『人を助けるなんてことはな! 選ばれた人間にしかできないんだ!! お前に何ができるって言うんだよ!!』
同じような苛立ちを誰かの口から聞いた気がした。
あれは、ひらひらと銀杏が舞う世界。
だった。