第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「ならば俺も身一つで相手しよう!」
竹刀を放り捨てた杏寿郎が、蛍の拳を受け流すように掌でいなす。
竹刀の有無は蛍にとっても大きなものだったが、それでも何度も杏寿郎との組手稽古で負かされてきた。
「うむ! 反応速度も適応力も以前より格段と増したな!」
「く…ッ」
爛々と光る目で蛍を観察する杏寿郎は、いつもの師範の顔だ。
その顔を剥がさねば勝負にならない。
鋭い犬歯を噛み締める蛍の背後を捉えた杏寿郎が、途端に身を退く。
見計らったように、蛍の背後から突き出した竹刀が杏寿郎のいた場所を空振りした。
「時透くん…!?」
「一人で突っ込んで勝算なんてあるのッ?」
「それは…」
「無闇に突っ込んで折角の宇髄さんの拘束が解けたらどうするの。ここは俺が──」
「駄目!」
強く蛍に腕を掴まれ、杏寿郎の前に出ようとした無一郎の足が止まる。
「お願い。私に任せて」
「は? 何言って」
「杏寿郎が正々堂々相手になるって言ったの」
「だから何。胡蝶さん相手でも卑怯な手使った癖に」
「う…それは、そうだけど…でもアオイ達に無闇な戦闘をさせない為で」
「言い訳しないで」
「ハイ」
それでも蛍の手は無一郎の腕を掴んだまま、放そうとしない。
「お願い。一度だけでいいから。負けそうになったらちゃんと身を退く」
蛍の顔は罅割れた鬼面越しで見えない。
それでもその日一日傍にいた無一郎にはわかっていた。
鬼面の下は、生半可な顔をしていない。
生半可な覚悟でもないはずだ。
「はぁ…じゃあ好きにしなよ」
「本当っ!?」
「君が勝とうが負けようが俺にはどうでもいいし」
「ありがとう!」
(……どうでもいいって言ってるのに)
見えなくともわかる蛍の素直な喜び様に、邪気を抜かれたように無一郎は溜息を溢した。
「…てことなので。正々堂々、お願いします」
「うむ…!」
頭を下げる無一郎に、事を見守っていた杏寿郎は爛々と瞳の奥に闘志を燃やしたまま。
その顔は心底嬉しそうに笑っていた。