第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「どうした、疲れでも出てきたかっ?」
「っ」
「脇が甘いな!」
最初こそ互角に張り合っていた力も、徐々に無一郎の体は天元に押され始めた。
巨体だが器用に動ける天元の筋肉はしなやかに、小柄な無一郎の脇の死角を狙う。
斜め下から手首の捻りだけで回転をかけたクナイの切っ先が、竹刀の柄を弾いた。
無一郎の手から離れた竹刀が茜色の空へと舞う。
「お前の剣術の才は認めるが、組手となりゃ話は別だ」
柱達の使う呼吸の全ての始まりと言われている〝日の呼吸〟。
その呼吸を使った者達の子孫である無一郎は、剣術に関して誰よりも天賦の才を持つ。
しかし柱としては未だ未熟なところも残す者。
そんな少年に、長年音柱として自身を磨いてきた天元も簡単に負ける訳にはいかないのだ。
「組手ならまだ蛍の方が見込みあるかもなァ!」
「うッ…!」
大きな拳が無一郎の足腰を崩す。
急所を打たれることを辛うじて避けながらも、ついに無一郎の膝はがくんと地面に落ちた。
「なんだ、もう終わりか?」
「ハァ…っ知ってます、か? 宇髄さん」
霞の呼吸とは違う。
疲労による溜息を零しながら、無一郎は力なく上げた片手を、ぺたりと。
「鬼の遊戯は全部、鬼に触れられたら負けなんですよ」
目の前の天元の太い足に触れた。
「捕まえた」
今まで一度足りとも感情らしい感情を見せなかった無一郎が、初めて薄らと見せた笑み。
女性に見間違う程の美少年だが、にたりと笑う顔には背筋を寒くさせるような迫力がある。
ただ触れられただけなのに何故か追い詰められているような感覚。
無意識に離れようと足を下げた天元は異変に気付いた。
「…あ?」
動かないのだ。
離れようにも離れられない。
まるでぴたりと両足が地面に縫い付けられたかのように、身動きが取れなかった。