第12章 鬼と豆まき《壱》✔
まるで白い世界を切り裂くように、その風の波間は煙幕を引き払った。
「なん──…」
自分のすぐ脇を通ったのは何者か。
目で追いつけない速さに杏寿郎は足を止めた。
「お前何し…て?」
決め手を打ち損ねた杏寿郎に、一部始終を後方で観察していた天元が声を上げる。
同時にその違和感に気付いた。
見えないはずの杏寿郎の姿が、見えている。
一寸先も覆っていた白い世界は薄れていた。
ひゅんひゅんとしなり風を切る音。
風柱の不死川実弥の呼吸法とは全く異なる音だ。
一体何が分厚い煙幕を吹き飛ばしたのか。
しなるその音は無一郎の手元から鳴り響いていた。
細い体にしては有り余る筋力を使い、彼が回していたのは自身の腕に繋がれている管だった。
片手で管の根本を握り、もう片手で幅を取り握るとロープのように大きく円状に振り回している。
その管の先には──
「なんだありゃ…」
「よもや…」
「ぅ…ぅえっぷ…ッ!」
円状にぐるんぐるんと振り回されている小さな子供がいた。
「成程、蛍の餓鬼の体を重石代わりにして風を作ったって訳か」
「むぅ…! そんな発想、中々思い付かないな! 凄いぞ時透!」
「クソ笑えるわ」
「頑張れ蛍!!」
「応援してどーするよ」
「は、はく…! ときと…っも、むり…!」
まともに喋られない程の激しい回転に、小さな体が悲鳴を上げる。
「どうせ吐くなら敵に向かって吐きな、よッ!」
「げッ!?」
「むっ!?」
一歩踏み出した無一郎が、狙いを定めて大きく振り被る。
小さな蛍の体は一直線に柱へと飛んだ。
「むぅ!」
天元へ、ではなく。
刀を構えた杏寿郎へと。
一瞬受け止めようと身構えた杏寿郎だったが、現状蛍は敵である。
間一髪退くと、小さな突撃を回避した。
「おぶッ!?」
顔面から地面に突っ込んだ蛍から悲鳴が上がる。
「てっきり俺にぶん投げるかと思ってが…」
「選手交代」
煙幕と爆撃の雨を作り出していた天元を先に潰すかと思ったが、どうやらそうでもない。
天元の下へひらりと跳んだのは無一郎だった。
「貴方は俺が倒します」