第12章 鬼と豆まき《壱》✔
血相を変え逃げ出す蛍の体を、足を踏ん張り管を引いた無一郎が止めた。
「ぐっな、何」
「あの起爆札は上手く逃げ道を作ってる。また逃げの一手を取ったら、煉獄さんに見透かされて今度はその面割られるよ」
「じゃあどうしたら…っ」
「戦う為には、俺達にはこの状況が不利過ぎる。煙をどうにかしないと」
「だからどうにかってどうやってッ」
「…一つだけ」
「え?」
「君も言ってたでしょ」
小規模な爆破の連打を避けながら、無一郎が握っていたものを蛍に差し出した。
「これを使う」
「…これって」
ちりん、ちりんと鈴が鳴る。
起爆札と煙幕弾の爆発音の間で、杏寿郎は瞳を閉じてその音のみに集中していた。
微かな鈴の音。
その音には一寸の狂いもなく正確な道標となり鳴り響いている。
杏寿郎の足元を点々と導き示すような音色はさながらモールス信号のようだ。
鈴の音で伝える位置の法則は天元自身が生み出したものだった。
その解読法を知る者は、組織を束ねる耀哉と妻である三人のくノ一、柱の中では行冥、実弥、小芭内、しのぶ、そして杏寿郎のみ。
杏寿郎とは何かと言葉を交わす付き合いもあったが、天元が信頼を置ける相手だと判断し打ち明けた為でもあった。
緻密(ちみつ)に計算された音符暗号は、知らぬ者が聞けばただの不規則に鳴る鈴の音。
故に蛍と無一郎にそれを解読する方法はない。
ちりん、ちりんと一定の音を届けていた鈴が揺れを変える。
(次は…南南東か!)
カッと目を見開くと同時に踏み出す。
その道しか通れないよう周りは天元の起爆札で塞いである。
敵は網に飛び込む魚のように、自ら罠に掛かりに来るのだ。
音も無く跳んだ杏寿郎の目には白い世界が広がっている。
それでも天元の鈴の音のお陰で、手に取るように蛍と無一郎の居場所がわかった。
距離を詰めればぼんやりと影を視界に捉える。
「!?」
見えた、と確信した。
しかし次の瞬間にその影は目の前にあった。
自ら詰め寄った結果ではない。
突如影がこちらへ近付いたのだ。
もしやこちらの居場所がわかったのか。
突撃してくるような影の姿に、咄嗟に杏寿郎は反復横に跳び回避する。
ぶおん、と大きく空気が揺れた。