第12章 鬼と豆まき《壱》✔
蛍の目線に腰を屈めた杏寿郎が、とんと指先で鬼面の額に触れる。
「集中しろ」
その言霊は、杏寿郎が稽古を付ける時によく使うものだった。
たった一言。されど一言。
その言葉と強い眼差しと促す声を聞けば、自然と体が動く。
何をどうすればいいのか理解しているかのように。
鬼面の下で瞳を閉じて、蛍はすぅと息を吸った。
深呼吸を繰り返して、血液をゆっくりと体中に巡らす。
「そうだ。後は自分のできる範囲で四肢に命令を下せ」
ゆっくりと地に付いていた両手に力を込める。
座り込んでいた足を地に付けて、ぐっと腿の筋肉を伸ばした。
多少ふらついたものの自力で立ち上がることができた蛍に、同じく腰を上げた杏寿郎が朗らかに笑う。
「うむ! それでいい」
「ぁ…ありがとう、杏寿郎も…」
「宇髄の戦法は俺の理に沿わなかっただけだ。俺が隊士役で、君が鬼役であることを忘れてはいけないぞ」
「あ。そ、そっか」
天元には怒りを含ませていたが、蛍に向ける言動は普段の煉獄杏寿郎そのもの。
別の安心感を胸に感じつつ、ぴしりと姿勢を正す。
今此処で杏寿郎に鬼面を割られても可笑しくはないのだ。
(というか鬼面割られたら、陽光で死んじゃうけど)
もし天元達に鬼面を割られていたら、生きていたかどうか。
この場が木々の生い茂る森の奥で、夕日が沈みかけている今なら即死は免れたかもしれない。
「だから他柱も揃ってたんですね」
「時透」
「他柱?」
蛍の腕と繋がっている管が揺れる。
義勇と蛍の視線が向いた先には、肩を竦めて歩んでくる無一郎。
そしてその背後には、凹凸の差がある人影が二つ。
「チッ。仕留め損ねたのかよ」
「南無阿弥陀仏…」
舌を打つ不死川実弥と、合掌する悲鳴嶼行冥がいた。
「なんで此処に四人も柱が…っ?」
「…あの風は不死川か」
驚きを隠せない蛍に反し、義勇は冷静だった。
突如として蛍と義勇の繋いだ手を吹き飛ばした暴風。
そんな芸当ができるのは、この場では風柱の名を持つ男しかいない。