第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「宇髄」
「腹痛ぇ…っあ? なんだ」
盛大な天元の笑い声を止めたのは、未だ静かな声を張る杏寿郎だった。
「つーか煉獄が邪魔しなけりゃ、もう少し面白いもんが見られたのによ」
「言っただろう。俺は不快だと。君の船には興味を持ったが、乗ったつもりはない」
笑い過ぎて滲んだ涙を拭く天元に対し、静かに応える杏寿郎には怒りが見える。
「戦うなら正々堂々だ。こんな形で鬼の命を奪うのは、俺は断固として納得いかない」
「相変わらず真面目を地でいく奴だな」
「それくらい知っていると思うが」
「勿論、嫌ってくらいにな」
(鬼の、命?)
二人の会話をただただ聞いていた蛍の目が、杏寿郎の口元で止まる。
そういえば、と。
そっと触れてみた鬼面には、右目元に大きな罅が入っている。
あのまま杏寿郎が止めなければ、鬼面は破壊されていただろう。
即ち、鬼役としての命を奪われたということ。
(そっか…節分の最中だったっけ…)
恐怖ですっかり飛んでしまっていたが、今はまだ祭事の真っ最中。
壊れやしないかと恐る恐る鬼面をぺたぺた触れる蛍に、ふと掛かる影。
「大丈夫か」
「…義勇さん」
見上げれば、伺うように見てくる義勇と目が合う。
「…悪かった」
「え?」
何が、と問い掛ける前に、義勇の目が蛍の手に向く。
(あ。手)
雛鶴達が見せた心霊現象の幻覚に恐怖していた蛍を、少しでも安心させる為にと。片時も離さないで繋いでいてくれた手。
隣にいると、約束してくれた。
その約束を破ったことに関しての謝罪なのか。
「ううん。私も、ちゃんと握っていられなかったから…寧ろ、ありがとう」
「…立てるか」
頸を横に振れば、再び手を差し出してくる。
その行為に応えようと手を伸ばせば、
「それには及ばない」
別の声が遮った。
見れば、天元と対峙していた杏寿郎がこちらを見ている。
「彩千代蛍。今の君は安堵により力が抜けているだけだ。精神を統一させて通常の呼吸を取り戻せば、自力で立つことができる」