第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「あーあ。お前の所為でぶち壊しじゃねぇか」
静寂を破ったのは、その場の空気に似つかわない程拍子抜けた声。
どろん、と空気が音を立てて揺れる。
白い煙と共に姿を見せたのは、2m近くある大柄な体。
蛍達が捜していた宇髄天元だ。
「…天、元…?」
「おう。地味に面白ぇ格好してんな、蛍」
唖然とその名を呼ぶ蛍に、にっと屈託ない笑顔を浮かべて応える男は、やはりよく知る天元だった。
何処に消えていたのか、その肩に派手な額当てをした鎹鴉が停まる。
そこでようやく義勇は全てを把握した。
「一連の出来事は全部お前の所為か。宇髄」
「ご名答。正確には俺らの、だな」
「え…じゃあ、さっき見た女の人は…」
「中々のもんだっただろ? 幻術で敵を化かすのも忍法の一つだ」
人差し指と中指を揃えて立てて笑う天元に、黒い木々から影が三つ落ちてくる。
すとんと軽やかに着地したのは、天元の嫁である雛鶴。まきを。須磨。
「ご、ごめんね蛍ちゃん。吃驚させちゃって…ッ」
「わたくし達も隊士役の一員なので…仕方なく。すみません」
「まぁ、あたし達は天元様側だからね…」
両手を合わせてぺこぺこと頭を下げる須磨。
申し訳なさそうに眉尻を下げる雛鶴に、まきをもどこか居心地の悪そうな顔。
「何言ってんだ、最高の出来だったじゃねぇか!」
ただ一人、高らかと嫁を自慢したく声を張る天元に、蛍の体から力が抜ける。
「…なん…だ…」
心底恐怖した先程の不可解な出来事は、全て偽りだったのだ。
安心感が襲い、へなへなとその場に力なく座り込む。
「? どうしたよ」
「…腰、抜けた…」
「まじか」
両手を地面に付いて座り込んだままの弱々しい蛍の声に、ぱちりと瞬く。
途端に天元は盛大に吹き出した。
「鬼が幽霊相手に腰抜かすとか! 最っ高だな蛍…!」
「っこの…下衆忍者め…」
げらげらと腹を抱えて笑う忍者に、ぷるぷると別の意味で体を震わせる。
おろおろと対応に困っている雛鶴達には怒りなど向かない。
しかしあの下衆忍者には握った拳を叩き付けたい。
叩き付けたいが、力の抜けた足腰ではすぐには立てなかった。