第12章 鬼と豆まき《壱》✔
義勇の言葉に、ざわついていた蛍の足元が静けさを取り戻す。
手袋をしている手では相手の体温を測れない。
しかし確かに繋がっていることを実感できた。
「あの…じゃあ、離さないで下さい…」
強く羽織を掴んでいた手を離して、代わりに繋いだ手を握り返す。
恐怖で慄く強さはない。
おずおずと握ってくる一回り小さな掌を、応える代わりに義勇もまた握り返した。
「もういいですか? 先、急ぎたいので」
先を促す無一郎に、再び鈴の境界線を目指す一行。
義勇と繋いだ手だけを凝視するようにして、他は見ないようにして進む蛍。
羽織を掴まれた時に比べれば強くはないが、決して話そうとはしない力加減。
狭い視界でも離れずぴたりとついてくる姿に、義勇は黒い眼を空へと仰いで口を開いた。
「寛三郎」
「…かんざぶろう?」
「俺の鎹鴉の名だ」
唐突に話し始めた義勇に、蛍の顔が上がる。
思い出すのは、他の柱達が連れていた鎹鴉に比べて、随分と年老いていた義勇の鴉。
「元々は鱗滝さんが水柱だった時に、伝達役を担っていた」
「鱗滝さんって…炭治郎の育手の?」
「俺の育手でもあった。その頃は寛三郎も若く凛々しい鴉だったが、長く鱗滝さんと俺の伝達をする年月で老いた」
普段なら引退を余儀なくされても可笑しくはない年齢となった。
それでも彼が飛び続ける限り、共にあって欲しいというのが義勇の願いだ。
「俺より長く、鬼殺隊としての志を忘れず飛び続けてくれている。隊士と等しく欠かせない仲間だ」
「…へえ…」
「……」
「…?」
「それだけだ」
「え」
「話したかったから話した」
唐突のない義勇の会話は、その言葉通り唐突もなく始まり唐突もなく終わった。
会話というよりも一方的な話に、しかし彼が身の周りのことを饒舌に話すのは珍しく。
まじまじと横顔を見ていた蛍の目が、ぱちりと瞬く。
(もしかして…怖さを、和らげる為に?)
気を紛らわせようとでもしてくれたのか。
「見えた」
「!」
無一郎の声に、蛍の目もまた沢山の鈴が吊るされた境界線を見つけた。
知らずに元来た所まで辿り着いていたらしい。