第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「ちょっと、そんなに引っ張らないでよ」
「さっきまで引っ張って進んでたその口が言う?」
「引っ張られるのは気分が悪いから」
「我儘柱だな!」
数mはある蛍と無一郎を繋ぐ管は長い。
我先にと先を急ぐ蛍の姿が茂みへと戻ると、すぐにその後ろ姿は見えなくなった。
「彩千代、離れるな」
「離れたくても離れられないんだって」
声は届いているようだが、それでも足は止まらない。
一刻も早くこの場を立ち去りたい強い意思が伝わってきて、仕方なしにと義勇も後を追った。
「見える範囲にいろ」
「だったら義勇さん達に早く来て欲しいかな…ん?」
こんな薄気味悪い場所、一刻も早く出ていきたい。
足の止まらない蛍の鬼面の狭い視界に、茜色の世界が映る。
木々が覆う茂みに入ったからだろうか、その鮮やかな色が急に陰った。
垂れ下がった葉の枝か。
蛍の視界を遮るそれを片手で払う。
さらりと滑るようにして、払った手の甲を撫でて落ちていく。
それは凡そ葉を付けた枝の感触ではなかった。
「?」
暖簾のように目前に垂れたそれがなんなのか、顔を上げて見上げた先。
其処にあったのは、黒く長い糸束のようなものだった。
糸束よりももっと身近な、言うなれば髪束のようなもの。
(髪?)
否。それは正に髪そのものだった。
ぞろりと蛍の目前に垂れ下がった長い黒髪。
更に上へと視界を上げれば、黒い木の枝が横切っている。
白い肌だから映えたのか。
木の枝から半分だけ覗いている、白い半月の形をした何か。
それは人の顔だった。
細い枝から顔の上半分だけを覗かせて、逆さに引っくり返った女の顔。
顔の下半分は枝を挟んで見えるはずなのに、不自然に切り取られたように消えている。
なのに覗く上半分の両の目は、限界まで見開き蛍を見下ろしていた。
「ひ…!」
喉が引き攣る。
ぶわりと背中に冷たい悪寒を感じて、蛍はその場から飛び退いた。
どん、と背後から何かにぶつかる。
「!?」
「っどうした」
驚き振り返った蛍の目に、同じく驚いた顔をした義勇が映り込んだ。