第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「にしても、霊って基本夜に出るものじゃないの?」
「…逢魔時」
「おうまがとき?」
「昼から夜に移る黄昏時(たそがれどき)は、魔に逢う時とも言われる。それが逢魔時だ」
〝逢魔時〟
古くから、大きな災厄が降りかかる時、著しく不吉な時として伝えられてきた。
静かに告げる義勇の背負った木箱から、カリカリと小さな音がする。
中に潜んでいる禰豆子も不安に感じているのだろうか。
本能の鬼である彼女が怖がるとするならば、やはりその音の正体は人でも鬼でもないのかもしれない。
「義勇さんまで怖いこと言う…」
大量の鈴の音の合間に、蛍の弱々しげな声が混じる。
鬼面で表情はわからずとも、怖がっていることは明白だった。
身を縮ませる蛍を見て開いた義勇の口が、やがて言葉を成さずに閉じる。
茜色の夕日が足元の影をより一層濃く映し出す。
長く長く伸びる木々の影が、ゆっくりと手を伸ばすかのように蛍達の足元まで忍び寄る。
重なり連なり、終いにはつんざく悲鳴のようになっていた鈴の音。
耳に痛い程の騒音は、蛍達の周りを一周すると途端にぴたりと止んだ。
「と、止まった…?」
「タチの悪い悪戯だね」
「…不穏な気配はないな…」
あんなにも煩かった鈴の音が消えれば、今度は不気味な程の静寂が辺りを包む。
恐々と辺りを見渡す蛍に、呆れた溜息をつく無一郎に、辺りへの警戒を怠らない義勇。
紐に吊るされた鈴が鳴り止むにしては不自然な程の消音。
最初に結論を出したのは、じっと辺りへ目を凝らしていた義勇だった。
「此処には長居しない方がいい」
「私も義勇さんに賛成。さっさと戻ろう」
間髪入れずに賛同した蛍が、先程とは打って変わって先頭を進み出した。
来た道を戻り出す蛍に、義勇の目は空へと移る。
やはり其処に、あの眩い鎹鴉の姿はない。
(当てが外れたか)
どうやら此処にいても、天元は見つかりそうもないだろう。