第12章 鬼と豆まき《壱》✔
咽返るような血の臭い。
泥と汗が混じった味。
なのに照らす陽の光は、朝靄のように優しかった。
膨らんだ憎悪が落ち着いてくると、今度は別の感情に駆られた。
戻らないと。
急いで。
帰らないと。
『 』の下(もと)に。
誰かはわからない。
けれど確かに、その誰かは其処にいた。
「どうした」
「義勇さんっ時透くんが──」
流石に異変を感じた義勇が踵を返す。
「カァ!」
そこに歯止めをかけたのは、空から降ってきた甲高い鳴き声だった。
蛍と義勇が見上げれば、一羽の鎹鴉が旋回して下りてくる。
「あれは…」
「鴉…え鴉?」
思わず蛍が二度口にしたのは、その鴉が余りに本来の姿からかけ離れていたからだ。
本来、鴉は墨汁で塗り潰したような漆黒の姿をしている。
しかしその鴉は、遠目からでもわかる程きらきらと輝いていた。
「見ツケタゼオ前ラァ!」
目の前に舞い下りてきた途端、高らかに叫ぶ。
鴉を真正面から捉えて、ようやく蛍は何故輝いていたのか理解した。
頭に取り付けた宝石だらけの額当て。
そこからジャラジャラと伸びている、小粒の宝石が連なるアクセサリーのようなもの。
後頭部から後ろに反り返って伸びている頭部羽は、色鮮やかに染まっている。
「これ、絶対、天元の鴉だ」
確認などせずともわかる。
こんなに特徴的な額当てを動物に強制する者は一人しか知らない。
「コレトハナンダ小娘ェ鬼ノ分際デ! 俺様ニハ虹丸(にじまる)ト言ウ輝カシイ名前ガアル! 派手二謝レェ!!」
「うわぁ…虹丸、口癖までそっくりだよ止めた方がいいよそれ。地味に恥ずかしいから。これとか言ってごめんなさい」
「恥ズカシイ感情ナンテアッタラ鎹鴉ナンテヤッテラレルカ! コチトラ胸張ッテ天元ノ鴉ヲヤッテンダカァア!!」
「うわぁ…もうなんかうわぁしか出てこない…」
「ァア!?」
「いやその誠意は立派だと思うけどね。でも仕える相手を間違えイタッちょっ頭つつかないで痛い!」
大きな嘴がガツガツと容赦なく蛍の頭を襲う。