第12章 鬼と豆まき《壱》✔
父と母を十歳で失くした。
それから数年間、一人で生きてきた。
親の残した林の小屋で、どうにか日々の食料を手に入れ、慎ましく暮らしていた。
そこに終止符を打ったのが〝鬼〟という存在。
寝静まっていた時に襲われ、生死をさ迷う程の大怪我を負った。
何日も寝込む無一郎を付きっきりで看病したのが産屋敷あまねであり、傍らで声をかけ続けたのが当主の耀哉だった。
「え、と…」
「……」
「そういえば…時透くんって天候を読むのが得意なんだよね? あまねさんに教えたように、私にも教えてくれたら、嬉しいかな…とか」
『鱗雲が近いな…空気も湿気てる。そろそろ雨が降りそうだ』
(…あれ?)
何も知らなかった幼い頃。
隣で自然の微弱な変化を教えてくれたのは、誰だったか。
(なんだか、大事なことを…忘れてるような)
『早く帰るぞ、無一郎。薪が濡れる』
父や母とは違う、少し粗暴な声。
あれは誰だったか。
(…思い出せない)
鬼に襲われ頭を割られた衝撃で、記憶が抜け落ちてしまったのだと耀哉から告げられた。
その見えない裂け目に、何か大事なものを落としてしまっているようで。
思い出そうとすれば、ずきりと頭が痛んだ。
「…っ」
「時透くん?」
額を押さえて、ふらりと無一郎の体が揺れる。
傾く体に反射的に伸びた蛍の手が、触れた。
パシッ
否。直前でその手は拒絶された。
「…触らないで…くれるかな…」
片手で額を押さえたまま、叩き払う。
じとりと睨むその目には、怒りに似た色があった。
(なんだろう。苛々する)
どこからともなく溢れ出る苛立ち。
咆哮を上げ、怒りに任せ、ただただ目の前の鬼を滅したくなる。
この怒りは知っている。憶えている。
だから自分は鬼殺隊の柱となったのだ。
(鬼を滅する為に)
鬼の存在を目にするだけで、とてつもない怒りを感じる。
憎悪が体の内側から焼け付くように膨らみ、滅し尽くせと脳が告げる。
何度殺しても足りない。だから何度も殺した。
何度も何度も、四肢を、頭を、辺りにあった道具でひたすらに潰したのだ。
(何度、も?)
真っ赤に照らされた、あの光景は。