第5章 柱《弐》✔
「行くぞ」
「……」
その後はもう視線が交わることは一度もなかった。
先を促す冨岡義勇の言葉に、はいもいいえも応えられない。
「…ふぐ」
情けなく口枷の隙間から溢れるのは、そんな腑抜けな音ばかり。
薄らと白んでくる空とは反対に、私の心は落ちていく。
そこに目を向けないようにして、目の前の背中を追った。
それから、怒涛のような日々は過ぎた。
一週間のうち多くて五日は訓練につき合ってくれる杏寿郎に、毎日毎日扱(しご)かれた。
最初はひたすら基礎体力を付けるための訓練。
四肢の準備運動と、全体運動と、走り込み。
それをひたすら繰り返し、体が悲鳴を上げてもやらされた。
偶に蜜璃ちゃんが様子を見に顔を出してくれて、その時は一緒に訓練につき合ってくれた。
熱い杏寿郎に、これまた熱く応えられる蜜璃ちゃんが加われば訓練はひたすら熱い。
流石元師匠と弟子。
息がぴったり過ぎて、走り込みの時の掛け声とか何処の軍隊かと思った。
尚且つ、蜜璃ちゃんがいる時は特別稽古となってしまい、ひたすらに柔軟運動も加えてやらされた。
凄く体の柔らかい蜜璃ちゃんに合わせて体を解されるから、別にそんなに柔らかくもない自分の体は軋んだ悲鳴しか上げない。
それでも実力行使の解しは変わらなくて、無理矢理に足を広げさせられ、体を"く"の字に曲げられ、頸を在らぬ方向に倒された。
「もっと! 頑張って蛍ちゃん! 足を大きく開いて! こう、ばーんッて!」
「ち、ちぎれ…る…!」
そして偶に、骨や筋が切れた。
冗談でもなんでもなく、事実上骨が折れて筋が切れた。
あの外見とは不釣り合いな凄まじい腕力で筋肉や関節を無理矢理伸ばされ曲げられるから、耐え切れないものが限界を迎えたんだ。
なのに慌てるのは蜜璃ちゃんだけで、杏寿郎は涼しい顔。
鬼だからすぐに治るって。
いや確かに治るけど。本当にすぐに治ったけど。
だからって体へし折っていい訳じゃないから。
もうそれ訓練じゃなく拷問だから。
そんな執行人は、胡蝶しのぶ一人で十分です。