第5章 柱《弐》✔
「歩くのが遅い。着く前に夜が明けるぞ」
「ぁ…ごめん、なさい」
杏寿郎との訓練の疲労で、すっかり歩く速度も遅くなってしまっていた。
慌てて速度を上げて隣に並ぶ。
一つの瞬きの間に、私の頭から爪先まで見据えた黒い眼(まなこ)が問い掛けてくる。
「体の変化は」
変化?
言う程何もないけど…あ、本当に何もない。
「特に何も…」
その、疲労でさえも。
炎柱邸を出てそんなに時間は経ってない。
着物に染み込んだ汗はまだ乾いていないのに、疲労なら回復してしまうんだ……鬼、だから?
「……」
やっぱり私の体は、人の体じゃない。
じっと自分の体を見下ろしていれば、不意に隣の気配が動く。
再び足を動かす冨岡義勇に、慌てて遅れを取らないように後を追った。
「ぁ、あの」
さっきは遮られてしまったけど、これを機会に話せるかな。
今度は隣に並ぶ横顔に呼び掛ける。
「杏寿郎が言っていたけど…私を送る役目って、何かあるの?」
どうにかして問い掛けることができた。
役目ってなんだろう。
私の命を預かっているのは知っているけど。
それを知ったら、少しはこの人のことが知れるのかな。
「……」
返答はなかった。
沈黙だけを返される。
聞こえなかったはずはない。
「なんで…あの、檻の中で…」
庇ってくれたのか。
…そもそも本当に庇うつもりで杏寿郎の前に立ったのだろうか?
私に情けを掛けているようには見えない。
だからと言って、杏寿郎のように真っ直ぐな眼で真意をぶつけてもこない。
よくわからないから、知りたくて。
どう問うべきか。言葉を考えていると、一切こちらを向かなかった目と合った。
「竹の枷は」
竹の枷?
…あ、口枷のことだ。
「それならここに…」
「外を出歩く際は、それを身に付けるようにしろ」
………それって。
呼吸法の訓練時は、口枷は外しておいていいと杏寿郎に言われた。
"呼吸"を習うのだから口を塞いでいては邪魔だと言われたからだ。
だからあの屋敷内では当然のように外していたけど…
言われた通りに竹筒を咥えて両端の布紐を後頭部で結ぶ。
これを付ければ、まともに話すことができなくなる。
まるで喋りかけるなと拒絶されたかのようだった。