第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「俺は鬼である前に、一人の女性として蛍を慕った。宇髄のそれを否定はしないが、大切にしたい想いもまた事実だ。例えお館様の意思であっても、彼女の心を研究材料とするならば俺は反対する」
静かに告げる杏寿郎の言葉に躊躇はない。
長年向き合ってきた彼の、瞳の奥の色は揺るぎない。
この男はそうなのだ。
自身で決めた意志ならば、例え絶対的な壁を前にしても貫き通す。
だからこそ彼の言葉には深みと重みが増す。
「お前ならそう言うと思ってたよ」
変わらぬ仲間の姿に安堵を感じながら、天元はほんの少し口元を綻ばせた。
「宇髄。できればこのことは俺と君との間だけの話にしてくれないか。見抜かれれば致し方ないが、無闇に吐露する気はないんだ」
それを蛍自身が望んだ。
最初こそ何故と杏寿郎も疑問に感じたが、想いを告げた時に自分の心より相手の立場を気遣った蛍のこと。
今回も杏寿郎のことを思い無闇矢鱈に周りに告げることは止めたのだろう。
蛍なりのその思いを、優しさを、汲みたいと思った。
だからこそ。
「蛍を取り囲む世界は、人より険しく厳しいものだ。…俺にでき得る全てで彼女を守りたい」
その心に全力で応えたいと思った。
「まっ、この話題でお前らをからかえる輩が増えたら面白くねぇしな。俺だけのネタにしておこうかね」
背筋を伸ばしながら腰を上げ笑う天元の応えは、いつもの捻くれたもの。
そこに蛍の心を重んじる応えを察して、杏寿郎もようやく笑みを見せた。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
第一に嫁達を思いやることのできる彼ならばと。
「うっし! なら今回の情報を残りの柱達にも伝えてやんねぇとな」
「うむ。貴重な情報感謝する! 俺達の他は悲鳴嶼殿と不死川か。あの二人なら容易く負けはしないだろう!」
「っても相手は柱と鬼がそれぞれ二人もいるんだ。一筋縄じゃいかねぇだろうな」
そのまま中庭へと下りて去るかと思いきや、室内へと踏み込んだ天元がずいっと顔を寄せる。
「だからよ。俺に一つ提案があるんだが」
「提案?」
頸を傾げる杏寿郎に向けて、ニィと口角を上げて笑った。
「乗り掛かった船だとでも思って、聞いてくれ」