第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「それは真か?」
「情報は確かな所から仕入れた。ド派手に真実だ」
炎柱邸の一室。
書類に筆を走らせていた手を止めた杏寿郎は、訪問者へと顔を上げて問うた。
本日は節分行事。
率先して鬼狩りに行く者もあれば、日頃と変わらぬ日々を過ごす者もいる。
杏寿郎も本日分の仕事を終え次第、向かう予定だった。
鬼役である蛍が、どんな活躍をしているのかこの目で確かめたかったからだ。
しかしその活躍は、思いの外早く杏寿郎の耳へと届くこととなった。
「平民はほぼ全滅。隊士も胡蝶・伊黒・甘露寺の三人がやられた」
「ふむ…冨岡と時透の実力もあってのことだろう。しかしそうも迅速に平民の命を奪われるとは」
「そこが肝なんだよ。話によると、黒鬼が一役買ってるんだとか」
「黒鬼?」
「その名の通り黒い鬼面の鬼だ。禍々しい黒い影を従え、次々と平民を襲ってるらしいぜ」
「…蛍か」
「ご名答」
影を扱う者となれば、思い当たる人物は一人しかいない。
「成程。確かに蛍の異能は、大勢を相手にするには有効なものだ」
「話を聞いた平民のほとんどが、戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)してた。影の異能を使う異様な姿に、ありゃ本物の鬼だってな。全くその通りだが、ぶつけられた小豆を全部律儀に拾ってく一面もあったらしいぜ。笑えるだろ?」
「蛍は、米粒一つも大切にする者だ」
「鬼なのにかよ?」
「鬼であっても、だ。毎日作ってくれる食事も、余分に捨てることなく食材を使ってくれている」
「へえ。毎日作ってもらってんの」
にやけた笑みを浮かべる天元に、途端に杏寿郎の体がぴしりと固まる。
「どんな手料理作ってもらってんの? 煉獄の好きな食いもんって偏ってるからなぁ」
「…別にいいだろう、人の好みなど人それぞれだ。話す義理はないと思うが」
「おーおー、冷たいねぇ」
先程まで、蛍の成長を喜ぶ師として穏やかな顔をしていたというのに。
途端にぴしゃりと話を切る杏寿郎に、天元は笑いを堪えきれなかった。
「確かに、好きな女の手料理なら別格だ。野暮なこと訊いたな」
「…本当に君は、偶に野暮なことを訊くな…」
「しみじみ言うなよ。わざとに決まってんだろ」
「性格が悪いぞ」