第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「…禰豆子?」
木箱の中にいた幼き姿のまま、体操座りをしていた蛍の足の間にぽすんと収まる。
体全体で凭れてくる禰豆子を抱き返せば、冷え切っていた体には少女の体温がぽかぽかと伝わってきた。
「あったかいなぁ、禰豆子は」
ぎゅうっと抱きしめて、柔らかな髪に顔を埋める。
禰豆子からは、人間の持つ温かい陽だまりのような匂いは感じない。
しかし不思議と安堵した。
たった一人。
姉という存在がいてくれるだけで、浮世の世界でも生きていられたように。
たった一鬼。
自分と似た少女の存在があるだけで、世界は明るく見えてくる。
「ありがとね」
「ムゥっ」
小さな手が蛍の頬を撫でる。
綻ぶ顔を上げれば、するすると寄ってくるもう一つの姿が見えた。
「あ…かぶらまる、だっけ?」
禰豆子とは違い手足のないその生き物は、白い小さな頭を擡げてこくんと頷く。
なんとも賢い白蛇だと、蛍は感心した。
最初こそ滅多に触れ合わない爬虫類に怖がってもいたが、鏑丸からは敵意など感じない。
それに気付くと、すっかりその姿にも慣れてしまった。
「怪我はなかった?」
問えば、再び頷く。
興味を示した禰豆子が手を伸ばせば、その鋭い爪に躊躇したのか身を退こうとする。
「大丈夫だよ。禰豆子は危険な鬼じゃない」
人ではなく蛇に鬼の安全性を説くことになろうとは。
恐る恐る寄ってくる鏑丸を見ながら、蛍はふと頸を捻った。
(そういえば、鬼はなんで動物の血には反応しないんだろう)
全く何も感じない訳ではない。
しかし空腹を感じた時に、鬼としての欲が向くのはいつも人間だった。
手頃な魚や小動物には目もくれない。
(鬼が餌にできるのは人間だけってこと?)
人間以外の血も飲めない訳ではないだろう。
現に、杏寿郎との隠の隊舎からの帰り道に空腹を感じた蛍は、手にしていた魚にも興味を示した。
ただそれ以上に、隣に立つ杏寿郎の血を求めてしまっただけで。
「ムゥ♪」
少女の手に絡む白蛇を見ながら、再びぽすりと小さな頭に顔を埋める。
考えても答えが出ることはなかったが、ただ一つだけ明確なことはあった。
(…お腹、減った)