第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「そんな西瓜くらい、でッ?」
たかが西瓜一つで、と。そう告げようとした無一郎の言葉は最後まで形と成らなかった。
ぷらんと宙に浮かぶ四肢に、がっちりと脇を担ぐ細い腕。
見上げれば黒い鬼面が見える。
「…ちょっと待って」
デジャヴ。
と同時に嫌な予感が走る。
しかしその時には既に、蛍は大きく股を開き無一郎を担いだ腕を振り被っていた。
「離さないから大丈夫!」
「離れないの間違いじゃ」
「そぉれェえええ!!!」
ぶおんっと放り投げられた少年の体が、高々と宙を舞う。
「無一郎くんんん!?!!」
そしてとうとう川の終わりに辿り着いた西瓜と共に、滝壺へと真っ逆さまに落ち込んだ。
「…っくし」
小さなくしゃみを一つ。
鼻を擦っていると、ふと顔にかかる影。
「大丈夫?」
見上げれば、心配そうに覗き込む蜜璃の顔が逆光で影を落としていた。
「まぁ…濡れただけですし」
鼻を啜りながら、長い黒髪を背中へ流す。
毛先まで濡れた髪はぺたりと肌に張り付いて不快感はあったが、空は晴天。
太陽の下にいればそのうちに乾くだろう。
「今日はとっても良い天気で良かったわ。西瓜も美味しいし! はいどうぞ」
笑顔で差し出す蜜璃の手には、瑞々しい赤い果肉。
無言で受け取る無一郎に嬉しくなったのか、等しく切り分けた自身の西瓜を手に隣に腰を下ろす。
「…良かったんですか」
「何が?」
「西瓜、一人で食べる気だったんじゃ」
「ちちち違うわよ! この西瓜は伊黒さんと食べるつもりで…!」
途端に顔を赤く染めた蜜璃が、ぶんぶんと頸を横に振る。
「それに、無一郎くんのお陰で西瓜も無事だったんだし。ぜひ味わって」
「俺は別に…あの鬼が勝手なことをしただけです」
感情のない瞳が、その時だけは不満の色を添えて少し離れた木陰を見る。
其処には黒い鬼面を外した蛍が、脱力気味に座っていた。
鏑丸と西瓜は滝壺へと落ちたが、間一髪無一郎の手で救い出された。
無一郎の体も宙へと放り投げ出されたが、蛍と繋がっている腕の管が命綱となった。
引き上げられ、皆無事に生還。
身形だけずぶ濡れにして。