第5章 柱《弐》✔
ほんのりと薄くなった月明かりの下。
慣らされた土の道を進む、二つの草鞋。
そこに会話は一切ない。
数歩前を進む男から、声どころか呼吸の一つさえも聞こえない。
聞こえていないんじゃなく、彼が静かなんだ。
足元一つ、呼吸一つ、仕草一つ。
どれを取っても無駄がなくて、だから隙のないその態度に自然と威圧されてしまうのかもしれない。
「……」
「……」
だけど、それより何より…沈黙が重い。
杏寿郎はよく訊くし話すし、蜜璃ちゃんもお喋り好き。
忍者だって煩(うるさ)い程饒舌だし、あの胡蝶しのぶも喋る方だ。
でも冨岡義勇は饒舌になる一面もあるけど、全くと言っていい程口を開かない時は開かない。
どうやらそれが今らしく、この場で生まれているのは微かな私の足音だけ。
此処へ連れられた時も長いこと一緒にいて沈黙ばかりだったけど、あの時は私自身が声を発するどころか思考を回すことさえ止めていたから。
だから彼の無口も全く気になっていなかった。
だけど今は…とにかく沈黙が重い。
これなら杏寿郎に付き添って貰った方がよかったかなぁ…。
って駄目だ。
そんな甘えたこと考えちゃ。
私が此処で生きているのは、奇跡のようなものなんだから。
こうして外で息を吸って、草の根の匂いを嗅いで、月の光を感じて。
無謀でも自分がやるべきと思ったことを実行できているのは、認めて後押ししてくれた杏寿郎がいたから。
明日も明後日も、呼吸法の訓練につき合ってくれるのに。
これ以上、杏寿郎に甘えるのは駄目だ。
…それに。
この間杏寿郎との間に立ち、私を斬首させないと言い切った冨岡義勇の言葉に疑問が浮いて…そして気になった。
どうしてそんなことを言うのか。
何故私の命を預かったのか。
簡単には思いを吐露してくれないから、尚の事気になったのかもしれない。
杏寿郎を相手にする時みたいに上手くは話せないけど…強制的に二人だけなら、どうにか言葉を紡ぐことができるかもしれない。
目の前の半柄羽織をじっと見る。
振り返る気配のないその背中に向けて、恐る恐る口を開いた。
「ぁ…あの」
「遅い」
え?
意を決して呼び掛けた声は遮られた。
一度も振り返る素振りを見せなかった顔が、こちらを見ている。