第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「いい? 禰豆子。これは大事な大事な皆の命の代替品だから、しっかり禰豆子に守ってて欲しいの」
「ム!」
さらさらと透き通る水が流れる河川側。
日陰に置いた木箱の中を覗き込むようにして、蛍は奪った木札を包んだ風呂敷を禰豆子に預けていた。
しっかりと小さな腕で抱えて頷く禰豆子の頭を撫で、腰を上げる。
小川の中に転がる大きな岩場を見れば、其処に座る二人の柱の姿。
蝶屋敷にいた者達の木札は、しのぶの協力もあって全て穏便に譲渡して貰えた。
その後まだ十分に動けずにいた義勇と無一郎を抱え運んだ蛍がようやく足を止めたのが、この何処ともわからぬ河川側。
肌から麻痺毒を洗い流す為、義勇と無一郎は濡らした手拭いで体を擦っているものの、その動作は未だぎこちない。
「義勇さん。手拭い、貸して」
「……」
軽く飛躍して、水に濡れることなくとんと大きな岩場に移動する。
無言だが大人しく手拭いを渡す義勇の手首を握れば、ぴくりと僅かな反応だけ返される。
麻痺毒の小豆が触れたであろう、その腕は見かけにはどうともない。
「まだ痺れてる?」
「…少しだけだ。水で洗えば和らいだ。もう動ける」
「でもこの状態で柱に会ったら、勝つのは難しいかも…痛くない?」
顔色を確かめるようにしながら、拭き残しがないように丁寧に肌を拭っていく。
頷く義勇の目が、じっと蛍を見返した。
「何?」
「そこまでして勝ちたいのか」
「勝ちたいよ。お館様はご褒美くれるって言ってくれたし。なんだろうね、気になる」
「…この行事で鬼が勝つことが何を意味するのかわかっているのか」
「わかってるよ。私は鬼だし」
義勇の腕を見下ろしていた顔が上がる。
間近でかち合う瞳は、鬼面の目の空洞の奥底を義勇に見せた。
暗闇の中でゆらりと光る、赤い鬼の瞳。
「鬼と柱が手を組めば負け知らずってこと」
顔は見えない。
しかし揺るぎないその瞳と迷いのない声に、義勇は僅かに黒い眼を見開いた。
そこには、その被った鬼面と同様何者にも屈しない強い意志があった。
義勇の知っている、藤の檻の中で生きることに意味を見出だせないでいた鬼は何処にもいない。