第5章 柱《弐》✔
「む。大丈夫か?」
「大丈、夫…一人で、戻れる…」
ひらりと力無く片手だけ振って、杏寿郎に背を向ける。
昼間だって活動してるはずなのに、こんな夜明け間近までつき合ってくれている杏寿郎を、これ以上私につき合わせる訳にはいかない。
どうにか襖に手をかけて、からりと廊下に続く道を開いた。
「それには及ばないぞ」
後ろから杏寿郎の声が呼び掛けてくる。
だけど私の目線は前に向いたままだった。
だって。
「帰りは冨岡がついている」
…なんで目の前にその人が立っているんですか。
「…な、んで…」
「……」
襖を開けた先には、杏寿郎が今し方口にした人物がすぐ其処に立っていた。
襖を開けるまで、全くその気配に気付かなかったから心底驚いた。
ただ心底体も披露していたから、声を上げる気力もなかっただけで。
驚いた。吃驚した。
心臓飛び出るかと思った。
「彩千代少女を一人で出歩かせる訳にはいかないからな。俺が送っていっても良かったのだが、」
「行くぞ」
「えっ」
さっさと背を向けて歩き出す冨岡義勇に、慌ててその背と杏寿郎を交互に見る。
まだ杏寿郎が話してた途中じゃ…
「むう。相変わらず馴れ合わない奴だ!」
そ、そうなの?
なんとなくわかるけど…そうなの?
「杏寿郎…」
「構わん、ついて行きなさい。冨岡は自分の役目を全うしているだけだ」
役目?
役目って?
気にはなったけど、構わず進む冨岡義勇の背中が廊下の角を曲がって消えてしまう。
追い掛けないと、感情の読めない黒い眼をじっと向けて待たせそうで…あの目はちょっと苦手かもしれない。
「また明日、同じ時間に稽古を始めるぞ」
「う、うん。お邪魔しました」
ぺこりと頭を下げて、道場の隅に置いていた口枷を引っ掴んで。
消えた冨岡義勇の背を、慌てて追った。