第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「待…っ速ッ引っ張…時!」
「何? 煩いんだけど意味不明なこと叫ばないでくれる?」
(言葉が追いついてないの速過ぎて!)
鬼殺隊の本部敷地を、蛍も正確な広さは把握していない。
ただ複数の屋敷を随所に構え、且つ平隊士や隠の隊舎や休憩所を設ける本部内は、広大な敷地だった。
その全てを回るのに歩きでは終えられない。
朝日を背に草道を走る無一郎の速さは、ついて行くだけで精一杯だった。
それも足元は走り難い獣道。
半ば引き摺られるようにして腕を引かれる。
「いたぞ」
先陣を切っていた義勇が平隊士の隊舎を見つけた。
平民役である隊士達は、日頃と変わらない日常を送っている。
隊舎の側で木刀片手に打ち稽古を行っていた隊士達の下へ、赤い鬼面を顔に取り付けた義勇が瞬く暇もなく迫った。
「おい!? あれまさか…っ」
「出た鬼!」
「逃げ…ッ」
「馬鹿逃げんな! 剣士だろ!?」
鬼は平民に手出しはできない。
それは節分に参加する全ての者が知っているルールだ。
最初こそ慌てた隊士達だったが、握っていた木刀を構えると果敢に義勇を迎え撃った。
木刀より強度の低い竹刀を片手に、変わらぬ速度で隊士達の下を義勇が走り抜ける。
シィ、と短く切った水柱の呼吸を誰一人聴き取れなかった。
「うわぁ!?」
「ってぇ!」
「ぎゃっ」
何が起きたのか、後を追う形となる蛍にはわからなかった。
まるで見えない波に押し流されるかのように、義勇が払った竹刀に隊士達が体制を崩したのだ。
尻餅を着く隊士の手に握られたままの木刀に、上から踏み付けるようにして乗る草履。
恐る恐る見上げる隊士の視線の先には、鬼面を下げて無表情に見下ろす義勇の冷えた目があった。
「とどめを刺されなくなかったら、大人しく命を明け渡せ」
「ひ…は、ハイッ!」
青褪め一斉に木札を差し出す隊士達に、ようやく足を止めることを許された蛍は安堵の息と共に頷いた。
「成程…カツアゲして取るんだね…」