第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「無理だ、彩千代。禰豆子は踏み出せない」
「でも…」
「お前と禰豆子の一歩は違う。無理強いしても解決しないだろう」
「じゃあどうするんですか? その鬼が動けないと俺達も動けませんよ」
それこそ解決の道はないと告げる無一郎に、義勇は諦めの溜息を一つ。
縁側へと上がると、念の為にと用意していたそれを禰豆子の前に置いた。
「禰豆子。これになら入れるな」
「…ゥ」
それは炭治郎に前以て借りておいた、禰豆子の仮寝屋となっている木箱だった。
義勇と木箱を交互に見た後、おずおずと小さな体が目の前の狭い空間に身を収める。
「これなら移動できるだろう」
「でもその木箱は誰が…」
「俺が運ぶ。炭治郎に、禰豆子を守ると約束した」
さくさくと物事を進め木箱を背負う義勇に、蛍は目を丸くした。
(え……優しいぞ)
義勇が根は優しい人間だということは理解している。
しかし自分が初めて太陽の下を歩いた時はどうだ。とぼやきたくなる。
(優しい。とっても)
蛍の前では、泣き出しそうな顔をしても義勇は催促を止めなかっただろう。
だから足取りが覚束無く倒れそうになるまで、太陽の下を歩かされた。
本当にあの時と同一人物なのかと疑いたくなる。
「…私もその木箱に入りたい…」
「? これは禰豆子の箱だ」
「デスヨネ」
わかってはいるが呟かずにはいられなかった。
自分にも専用の箱があれば、風柱邸へおはぎを届けに向かう際に背負って運んでくれたのか。
(いや。ないな)
比べたところで虚しくなるだけだと頸を横に振る。
禰豆子と張り合っても意味がない。
「じゃあその鬼は冨岡さんに任せましたよ。俺は面倒見ないので」
「ああ」
「あ、待って」
「?」
「何?」
中庭へと下りる義勇と踵を返す無一郎を止めたのは、挙手するように手を挙げた蛍だ。
まだ太陽光に慣れていない為か、動きがぎこちない。