第12章 鬼と豆まき《壱》✔
最初は、微かな光の一線。
それが山々を越えるとやがて丸い太陽の形を帯びて昇ってくる。
空を、山を、木々を、岩を、そして踏みしめる大地を。
届かぬところはないと言うかのように、暖かい光を伸ばす。
人間にとってそれは生命の起床だ。
しかし鬼には。
「っ…!」
太陽が光の手を伸ばす前に、びくりと体を強張らせた禰豆子が後退る。
「禰豆子?」
じりじりと後退る足が縁側の縁に当たったかと思えば、くるりと背を向け屋敷の中へと逃げ込んだ。
慌てて蛍が追えば、部屋の隅奥で縮まってしまう。
「大丈夫だよ、禰豆子。その着物が太陽から身を守ってくれるから」
「…ゥ…」
「私も経験済みだから。ね、義勇さん」
「ああ」
「…ゥゥ…っ」
しかしぶるぶると震える禰豆子がその場から動く気配はない。
禰豆子は理性より本能のままに生きている鬼に近い。
その本能が危険だと警告するものに、簡単に向かえるはずがなかった。
太陽光に恐怖を覚える感覚は、蛍も身を持ってよく知っている。
だからこそ禰豆子の前で意を決して、縁側の外へと後退りながら向かった。
「見てて、禰豆子」
ゆっくりと、蛍の足が暖かな陽が差し込む中庭の砂利を踏む。
しかしその身が焼かれることはない。
「ほら。大丈夫…大丈夫、」
それは自身に言い聞かせる為の言葉だった。
人間の時は暖かいと感じていた日差しが、背中に当たるとじりじりと焼け付くようだ。
そのまま生地の繊維を通して肌を焼いてしまわないかと、内心恐怖が宿る。
それでも両手を広げて、蛍は禰豆子に自身の無事を伝えた。
「禰豆子。大丈夫だ、来い」
「っ!」
蛍の隣で手を差し出す義勇に、それでもぶんぶんと頸を横に強く振る禰豆子の顔から、白い鬼面がずり落ちる。
屈強な鬼面の下から覗くは、恐怖に目元を引き攣らせた顔。
今にも泣き出しそうなその顔に、義勇は差し出していた手を下げた。