第5章 柱《弐》✔
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「せ…千…」
「よし!」
「ぶっふ…」
ぷるぷると震える足が、子鹿みたいにもつれて倒れ込む。
最後の懸垂を終えて顔から床に伏せれば、今度は立てと喝を入れられなかった。
「む。もうこんな時間か」
道場のような大きな広間の壁に飾られている時計を見上げて、杏寿郎が歩み寄ってくる。
けれど息を繋ぐことに必死で顔を上げることすらできやしない。
「よもや基礎体力の訓練だけで一日が終わるとは。まだまだだな彩千代少女!」
さい、ですか…。
これでも頑張った方だと思うんですが…。
今まで一度も筋力上げなんてしたことなかったのに、急に始めた初日に項目全て千回とか。
無謀にも程がある。
鬼じゃなかったら確実に死んでました。
「ひゅ…」
「水は飲めるか?」
この際、どぶ水だっていい。
口元に差し出された水の入った器に顔を突っ込む。
無味無臭の水だけは辛うじて口にできるから、美味しいなんて思わないけれどがっついた。
空腹も真の喉の乾きも癒やされないけど、少しだけ息ができるようになる。
「今日はこれで終いだ。続きはまた明日にしよう」
「ぇ…終わり…?」
「うむ。もう一刻程で夜が明ける。今のうちに牢へ戻らねばなるまい」
もうそんな時間なんだ…。
訓練中は炎柱邸を自由に行き来していいらしいけれど、私の所在地はあの地下の牢獄。
此処に泊まり込みで訓練した方が楽そうだけど、此処は元々"人"が住まう場所。
今は杏寿郎しかいないけど、昼間になれば色んな人が行き交うんだろう。
其処に私がいていいはずはない。
「わかった…本日は、ありがとう、ございました…」
「うむ! まだまだ力不足だが、音を上げなかったのはよいことだ!」
どうにかその場に座り込んで、深々と頭を下げる。
着ていた着物はすっかり汗を染み込ませていて正直不快だった。
明日からは、できるなら専用の服を用意してもらおう…大事な一張羅なのに。
「それじゃあ…」
立ち上がろうとすれば、子鹿並の力しかない両足がふらつく。
これ無事に戻れるかな…炎柱邸からあの檻まで、多少距離はあったような…。