第12章 鬼と豆まき《壱》✔
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「ムゥウ…」
「ほーら、よく似合う。淡い水色が可愛いねぇ」
「…ム…」
「もう終わるからね〜後はこの帯をちょちょっと…」
「ム?」
「そうその帯。手伝ってくれるの?」
「う!」
「禰豆子は良い子だね。でも帯は私がやるから大丈夫だよ。禰豆子はこの手袋をしててくれるかな?」
「う…ム?」
「そっちは逆の手かな!」
「…ねぇまだかかるのそれ?」
キャッキャウフフと女子が戯れているようにも見えるが、嫌がる幼い鬼にどうにか着物を着せようと奮闘しているだけの鬼の姿である。
痺れを切らした無一郎が呆れ気味に声をかければ、蛍にしては珍しくも厳しい目がじとりと向いた。
手伝う気がないなら邪魔をするな、とでも言いたいのだろう。その目は疲れも蓄積している。
なんとか奮闘すること小一時間。
最初こそ前田まさお作の着物に見向きもしなかった禰豆子を、煽てて煽てて兄の炭治郎なしにここまで着衣させることに成功したのだ。
しっかりと露出が出ないように向きも襟も但し合わせれば、先日の花魁姿は何処へやら。
水色の花丸文様が可愛らしい町娘へと映え変わった。
ここで邪魔をすれば、蛍の今までの努力が全て水の泡と化す。
それを知ってか知らずか、それ以上反論することなく無一郎は静かに口を閉じた。
「ム!」
「あ、ちゃんと手袋できたねー! 偉い偉い」
「ムゥ〜♪」
「よしよ〜し。禰豆子は偉いぞ〜」
紫外線を遮断する手袋を両手に、得意げに万歳姿勢を見せる禰豆子には無一郎へ向けたものとは正反対の笑顔へと切り替える。
緩い笑顔で頭を撫でる蛍もまた、前田まさお作の袴姿。
「準備はできたか」
十畳程の畳部屋。
其処へ顔を出したのは、同じく鬼役となる義勇だ。
「ようやく」
部屋の隅で溜息混じりに応える無一郎に、義勇の目も無事着衣を終えた禰豆子の姿を捉える。
男である義勇は禰豆子の手伝いはできない。
かと言って蛍以外の女隊士に禰豆子を任せることもできない。
禰豆子が鬼であることが原因ではなく、鬼役であることが原因だ。
本日は鬼殺隊の為だけに開催される、季節外れの節分の日である。