第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「何──」
まるで流れるような動作だった。
物音一つ立てず、気配一つ荒立てず。
警戒も反応もする暇なく、顔を寄せた時透くんの大きな瞳が至近距離で私を捕える。
「煉獄さんに、何したの?」
どくりと、心臓が跳ねた。
その言葉に驚いたからじゃない。
向けられた声が、あまりにも底冷えするようなものだったからだ。
「前に見た時と空気が違う。煉獄さんの継子になって、上手く取り入ったつもり?」
空気って何。
よくわからないけど、時透くんは空気で天候も読める人だ。
私と杏寿郎の間の何かを、感じ取ったのかもしれない。
でも。
「取り入ってなんか…ない、よ」
杏寿郎を私利私欲で利用なんて絶対にしない。
否定すれば、睫毛の長い女の子みたいな綺麗な瞳がほんの少しだけ細まる。
まるで値踏みされているような、嫌な感覚だ。
「…ふぅん」
やがて最初と等しく、音も気配の揺れもなく、裾を掴んでいた手が離れる。
「どうした蛍? 帰ろう!」
見計らったように遠くから飛んでくる杏寿郎の声。
私が踏み出すより先に、時透くんが横を通り過ぎた。
「お館様が認めようとも、煉獄さんが受け入れようとも、鬼は鬼。祭事になれば君もわかるよ」
先を歩く時透くんで、呼び掛けてくれていた杏寿郎の姿が隠れる。
気を抜くような静かな声で、でも底冷えするような静かな声で。
「鬼殺隊がなんたるかを、その目で見てみるといい」
告げたその言葉が、何故だか脳裏にこびり付いて離れなかった。
「んムゥ…」
「眠いのか? 禰豆子」
「ンン…」
「そうか、なら兄ちゃんが背負ってやるから。自分で入れるか?」
うつらうつらと頭を揺らす禰豆子に、炭治郎が背負っていた木箱の蓋を開ける。
たちまちに小さな背丈を尚小さくして中へと入り込んだ禰豆子は、きちんと内側から蓋を閉めて箱の中に収まった。
あの木箱、一度不死川に破壊されたらしいけど、アオイが修理したって言ってたっけ…手先器用だなぁ。
「猫子少女も疲れ切っているし、先に蝶屋敷に戻るとしよう。溝口少年も休むように!」
「ありがとうございます! しかし妹は禰豆子で、俺は竈門です!」