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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第5章 柱《弐》✔



「ぜッ…はぁ…!」


 息が切れる。呼吸が続かない。
 全身汗だくになって堪らず床に伏せても、目の前の男は顔色一つ変えない。


「どうした彩千代少女! それでも鬼か!」


 いや、鬼とか、そんな言葉で焚き付けられても。
 鬼であることに誇りなんて持ってないから、微塵も効果ありません。


「っ…」

「さぁ立て! まだ腕立て腹筋共に五百回しかこなしていないぞ!」

「ゃ…私、初心者なんで…ぜぃ…っ五百、やれただけで…十分、かと…ぜぃっ」

「甘い!!!」


 どうにか息切れしながらも意見を述べてみれば、ビリビリと肌に痛い程の大声で罵倒された。
 耳が痛い。


「人間より遥かに勝る体力と筋力を持っているのが鬼だ! 常人と同じ基礎上げをしてなんになる! さぁ残り五百! それが終わったら走り込みと全身運動だ!!」

「き、休憩は…?」

「ない!!!」


 本気ですかそれ。

 ハツラツとした笑みさえ感じる表情で宣言する杏寿郎を前に、私は顔を青くする他なかった。


 此処は炎柱である杏寿郎の炎柱邸。
 時刻はとっぷり日の暮れた月の昇る夜更け。
 呼吸法を身に付けるべく杏寿郎の下で基礎上げからの訓練を始めたけれど、初日でもう既に音を上げそうだった。

 お館様から指導の許可は無事頂いたらしく、嬉々として稽古を付けてくれる杏寿郎には悪いけど……厳しい。
 すんごく、厳しい。

 こんなに大きな屋敷なのに、継子らしい継子が一人もいないのがすぐにわかった。
 あと此処へ来る前に忍者が「精々根負けするなよ」って意味深に笑ってた理由も。

 これ多分、私が鬼じゃなくても同じような訓練を強制された気がする。
 つまりは、それだけ杏寿郎の指導が厳しいんだ。
 朗らかなその性格とは大違い。


「動きが止まっているぞ! 声を出して数を唱えろ!!」

「っ…五百、一…」


 手厳しい声に喝を入れられるまま、震える両手を踏ん張って再び腕立て伏せを始める。
 私の影が落ちる床には、大粒の汗だらけ。
 水溜りさえできそうなそこに映る自分の顔は、きっと今にも死にそうな顔をしているんだろう。


 呼吸法の訓練開始一日目。
 既に後悔の念が、襲っています。

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