第12章 鬼と豆まき《壱》✔
「何が?」
「……」
「義勇さん?」
何が豊かになったんだろう。
意味がわからず見ていれば、応えの代わりにその手が上がって、私の顔──
「蛍!」
ぴたりと手が止まる。
私の視界に影を落として。
振り返れば、天元達と雑談していた杏寿郎がこっちを見ていた。
「そろそろ時間だ。こちらへ来なさい」
あ。
あれは、"師範"としての声だ。
「それじゃあ、また」
急いで義勇さんに頭を下げて、杏寿郎の下へと向かう。
義勇さんは特に返事もなく、半端に上げた手を黙って下ろしていた。
というか話も中途半端になっちゃったな…結局、何が豊かだったんだろう?
「もうお館様が?」
「うむ。お見えになる頃だ。君は俺の後ろで待機するように」
杏寿郎の言う通り、その斜め後ろに身を置けば、見計らったかのように中庭が見渡せる広い廊下にお館様が姿を見せた。
傍らには、提灯を手にしたあまねさんの姿もある。
「夜分遅くに、皆よく集まってくれたね」
合図も何もないのに、一列に並んだ柱の皆が一斉に片膝を付いてその場に跪く。
慌ててそれに続いて、私も杏寿郎の後ろで膝を付いた。
「お館様におかれましては、その後もご無事でお変わりなく…拝察致しております」
「うん。皆も変わりないようで、私も嬉しい」
柱の代表として挨拶をする悲鳴嶼さんに、静かにお館様の顔に微笑みが浮かぶ。
「蛍も、来てくれているかな?」
「は、はいっ」
まさか名指しされるとは思わなかった。
慌てて顔を上げて、皆の後ろからでも届くように声を上げる。
「お招き頂きありがとうございますっ。今回の行事は、初めてなもので…至らない所もあるかもしれませんが…」
というかこういう時なんて言えばいいの?
悲鳴嶼さんみたいな型式の挨拶なんて知らないし。
辿々しくどうにか応えれば、それでもお館様は優しい笑みを向けてくれていた。