第12章 鬼と豆まき《壱》✔
思わず布団から飛び起きれば、杏寿郎も横たわっていた畳の上から体を起こす。
その服装は私と同じ寝巻姿じゃない。
羽織をしっかり背中にかけた、いつもの隊服姿だ。
それもそのはず。
だって一緒に就寝した訳じゃないんだから。
なのに。
なんで。
「うむ! 今日は夕刻に時間を作れたので、蛍との鍛錬前に仮眠を取っておこうと思ったんだ!」
そ…っれは良い心がけだけど!
何故私の布団の横で!?
杏寿郎には杏寿郎の部屋と布団があるでしょ!?
「それなら自分の部屋で仮眠取ればいいでしょっ? なんで此処で…っ」
「…うむ」
私の問いは至極真っ当なものだったと思う。
だから杏寿郎も、ばつが悪そうな顔をしたんだろう。
「そのつもりだったんだが…少しだけ…蛍の顔が、見たくなって、だな。起こすつもりはなかったから静かにしていれば……つい」
手持ち無沙汰に指先で頬を掻きながら、杏寿郎の顔が申し訳なさそうに苦く笑う。
いつものハキハキした物言いも途切れ途切れにぎこちなくて。
「その空気が心地よくて寝落ちてしまっていたようだ。すまない」
その頬はほんのりと照れなのか赤…く…何その返答。何その顔。
許すしかなくない?
「でも寝顔を盗み見られるのは嫌です…」
「む…すまない。男として有るまじきことをした」
いやそこまでは言ってないけど。
「蛍の許可も無しに勝手に部屋に踏み入れるなど…」
まぁその通りだけどね。
でもそこまで言ってないよ。
「寝てるから起こさないようにしてくれたんでしょ? ならいいよ」
此処は杏寿郎が主の屋敷だし、襖に鍵なんて付いてないのは当然。
少し顔を見たくて…っていう気持ちは、うん…わからなくもないから。
「その…変なことは、してないんだし。そこまで遠慮する…仲でも、ないし」
杏寿郎は純粋に顔を見に来ただけみたいだし。
それに…その、そういう関係でしょ?
私と、杏寿郎、は。
じゃあ…煩く、言わないよ。
「遠慮しなくて良いのか?」
「う、うん。まぁ」
布団の上で正座して杏寿郎と向き合う。
なんか改まって話すこと自体が恥ずかしいけど。
杏寿郎が私に会いたいって思ってくれたことは嫌じゃないから。