第12章 鬼と豆まき《壱》✔
夜。
体が自然と浮上するように目覚める。
起床の仕方は同じだけれど、監禁生活とは違うことが二つ…じゃない三つ。
起きる時間帯。
起きる場所。
それから。
「…ん…?」
薄らと開いたまだ少し重い瞼に、木目の天井が映る。
寝返りを打って横を向けば、そこにはいるはずのない人がいた。
金と朱の混じる癖のある長髪。
凛々しい黒い眉毛。
いつもは見開いているかのような大きな瞳だけが、しっかりと今は閉じている。
深い呼吸で静かに眠っている、杏寿郎の顔。
手を伸ばせばすぐ触れられる距離で横になっている。
こんなに主張の強い容姿と気配を持っているのに、寝ている時は驚く程静かだ。
まるで別人みたいだなぁと思いながら、ふと口元が綻ぶ。
起きて最初に感じる、鬼となったことへの哀しみ。
それはもうほとんど感じなくなった。
だって杏寿郎は、そんな私が欲しいと言ってくれたから。
そんな鬼の私を慕っていると言ってくれたから。
あの夜のことを思い出すだけで胸は満ちる。
少し気恥ずかしいけれど、それ以上の幸福で。
…やっぱりこれは幸せだと思える気持ちなんだなぁ。
寝返りを打ったまま、自然と伸びた手が杏寿郎の頬にそっと触れた。
爪先は痛いかもしれないと、遠慮がちに曲げた指の関節で。
そんな些細なことでも相手は柱だからか、それとも元々眠りは浅かったのか。目尻の長い睫毛を静かに持ち上げて、杏寿郎の鮮やかな金と朱の混じる瞳が開いた。
大きな瞳が私を捉えて、優しく揺れる。
頬に触れていた手を掴まえられて、指先が杏寿郎の唇に触れた。
「おはよう、蛍」
以前までは、いつも大きな張りある声で聞いていた一日の第一声。
その挨拶を優しい音で聞く。
静かな私の目覚め。
応えるように、ようやく私も口を開いた。
「おはよ…うじゃない」
いや待ってちょっと待って。
ついその場の空気に流されそうになったけど待って。
「な、なんで此処にいるの…ッ!?」
というかなんで普通に横で寝てるの!?
微睡みの世界でつい普通に受け入れてたけど可笑しい!
そういう間柄にはなったけど一緒に就寝する身じゃなかったよね!?
というか鬼と人は寝る時間帯違うから!
なんで隣で寝ているのかな杏寿郎さん…!!