第11章 鬼さん、こちら。✔
「…んで」
なんで。
「なんで、そこまで…」
この人は、そんな目で私を見てくれるんだろう。
私の奥底にある柔い部分を、そんな言葉で包んでくれるんだろう。
「言っただろう。俺は鬼である蛍しか知らない。君が人であった時と変わってしまったことは承知している。それでも俺が惹かれたのは、人を喰い、その手で人を殺めた後の君だ」
なんで、こんなにも。
「今の蛍を見て、俺は恋慕った。今の君が欲しいんだ」
私が欲しいものを、くれるんだろう。
「許されるならば君、を…」
あんなにも熱かった顔の熱を感じない。
それ以上に、目元が熱くて。
紡いでいた杏寿郎の声が途切れる。
その目が大きく見開いて、強い眼孔に私の顔が映し出された。
でもよく見えなかった。
熱い目元に、視界は揺れて。
ぽとぽとと零れ落ちゆく、涙で。
「っ…」
鼻の奥がつんとする。
後から後から溢れる涙が止まらない。
「…む…っ」
あんなにも優しかった杏寿郎の声が、初めて揺らいだ。
「悲しませるつもりは、その…なかったん、だが」
頬を包んでいた両手が離れる。
その代わりに、大きな手がぎこちなく顔に触れてきた。
「すまない…踏み込み過ぎた」
武骨な指が、繊細な手つきで涙を拾う。
だけどぽとぽとと落ちるそれを全ては拭えない。
なのに何度も何度も拾うから。
視界はぼやけてるけど、ぎこちなく慌てる杏寿郎の姿は見て取れた。
さっきまで強くて大きな存在に見えていた杏寿郎の体が、そわそわと心許なく揺れている。
「…っふ、」
つい、口の端から笑みが零れた。
「蛍?」
ああ、なんて言うんだろう。この感情。
胸の奥が締め付けられる。
だけど不思議と苦しくない。
私の体は乾いた砂地のままだけど、血とは別のもので満たされていく感覚。
言葉にならない感情で、心と体がいっぱいになる。
「…私、も」
涙を拭うその大きな手を捕まえて、自分の頬に寄せた。
温かい。
私が流す涙よりも。
「杏寿郎が、好き」
その熱を、手放さないように。